大家の法人化は所得900万円が目安なのか|税率の先にある3つの固定費
確定申告が終わったあと、税理士や不動産会社からこう言われることがあります。「そろそろ法人にしたほうがいいですよ」。根拠として出てくるのは、たいてい「所得が900万円を超えたら」という数字です。
結論からお伝えすると、この900万円は、所得税の税率が23%から33%に上がる境目のことです。税率表の一点であって、法人にすべきかどうかの答えではありません。法人にすると、税率とは別に必ず増える固定費が3つあります。そこまで並べてから比べないと、税率だけを見て「得だ」と判断してしまいます。ここでは、条文と国税庁の公表資料で確認できる数字だけを並べて、比べ方そのものを整理します。

「900万円」という数字はどこから来ているのか
国税庁の所得税の速算表を見ると、境目がはっきりします(出典:国税庁 タックスアンサー No.2260「所得税の税率」)。
- 課税所得 3,300,000円から6,949,000円まで……税率20%(控除額427,500円)
- 課税所得 6,950,000円から8,999,000円まで……税率23%(控除額636,000円)
- 課税所得 9,000,000円から17,999,000円まで……税率33%(控除額1,536,000円)
ここに住民税の所得割が10%前後乗ります。一方、法人税の税率は次のとおりです(出典:国税庁 タックスアンサー No.5759「法人税の税率」)。
- 資本金1億円以下の普通法人……年800万円以下の部分は15%(令和7年4月1日以後に開始する事業年度で、所得が年10億円を超える事業年度は17%)
- 同じく年800万円を超える部分は23.2%
個人の33%と、法人の15%〜23.2%。この2つを並べれば「900万円で逆転する」という話になります。数字自体は正しく、そこは間違っていません。
ただし、比べているものが揃っていません
個人と法人では、かかる税金の顔ぶれがそもそも違います。
- 個人のまま……所得税+復興特別所得税+住民税+個人事業税。個人事業税は不動産貸付業が第1種事業にあたり、標準税率は100分の5です(地方税法第72条の49の17第1項第1号)。ただし事業主控除290万円があります(同法第72条の49の14第1項)
- 法人にした場合……法人税+地方法人税+法人住民税+法人事業税。さらに、自分に払う役員報酬に対して、個人としての所得税・住民税・社会保険料がかかります
法人にしても、家賃収入が非課税の箱に入るわけではありません。自分が使うお金として引き出す段階で、もう一度個人の税金がかかります。「法人税率のほうが低い」だけで比べると、この2段目が抜け落ちます。
法人にすると必ず増える固定費が3つあります
1. 赤字でもかかる均等割が、年7万円から
法人住民税の均等割は、所得ではなく資本金等の額と従業者数で決まります。標準税率はこうです。
- 道府県民税……資本金等の額が1,000万円以下の法人は年額2万円(地方税法第52条第1項)
- 市町村民税……資本金等の額が1,000万円以下で、従業者数の合計が50人以下の法人は年額5万円(同法第312条第1項)
合わせて年7万円。これは所得がゼロでも、赤字でもかかります。しかも市町村は標準税率を超える税率で課すこともでき、その上限は「標準税率に1.2を乗じて得た率」です(同法第312条第2項)。実際の税率は市町村ごとに違うので、設立予定地の市役所で確認してください。
2. 社会保険が、人数に関係なく強制になる
ここが見落とされやすいところです。厚生年金保険法第6条第1項は、適用事業所をこう定めています。
第1号……製造、建設、物の販売など列挙された事業の事業所で「常時五人以上の従業員を使用するもの」
第2号……「前号に掲げるもののほか、国、地方公共団体又は法人の事業所又は事務所であつて、常時従業員を使用するもの」
読み比べると分かります。個人事業には「5人以上」という人数の条件がありますが、法人にはありません。業種も問いません。役員が自分1人でも、報酬を払っていれば適用事業所になります。健康保険と厚生年金の保険料は会社と本人で折半しますが、一人法人なら、その両方を自分で出すことになります。加入の可否や手続きは個別の事情で変わるので、年金事務所に確認してください。
3. 決算と申告の手間が、毎年かかる
法人は、決算書と法人税・地方税の申告書を毎年つくります。個人の確定申告と同じ感覚では終わりません。自分でやるなら時間、頼むなら費用がかかります。ここは金額を断定できる資料がないので書きませんが、「毎年かかる固定費が1つ増える」ことは判断に入れてください。
いま持っている物件を法人に移すと、いくらかかるのか
法人をつくるだけなら物件はそのままでも構いませんが、既存の物件を法人所有にするなら、所有権を移す費用がかかります。売買として移す場合の主なものは2つです。
- 登録免許税……売買による所有権の移転登記は、原則として不動産の価額の1,000分の20(出典:国税庁 タックスアンサー No.7191「登録免許税の税額表」)。土地には期限つきの軽減税率の特例があるので、適用の有無は登記の時点で国税庁のページを確認してください
- 不動産取得税……標準税率は100分の4(地方税法第73条の15)。ただし住宅または土地の取得については、平成18年4月1日から令和9年3月31日までの間は100分の3とする特例があります(同法附則第11条の2第1項)
ここでいう「不動産の価額」は、原則として固定資産課税台帳に登録された価格です。市場価格ではなく評価額が基準になるので、思ったより小さいことも、大きいこともあります。課税明細書の価格欄を見れば、おおよその見当はつきます。
さらに、融資が付いている物件は、金融機関の承諾なしに名義を移せません。抵当権が設定されている物件の所有者を勝手に変えると、契約違反になります。法人へ移す前に、必ず借入先へ相談してください。
それでも法人が向く場面はあります
不利な面ばかり書きましたが、法人でなければできないこともあります。
- 家族に役員報酬を払って所得を分ける。個人の青色事業専従者給与とは条件が違います
- 赤字の繰越期間が長い。法人と個人では、繰り越せる年数の扱いが異なります
- 相続の場面で、株式という形に変えられる。建物ごと分けるのが難しい物件でも、持分で分けられます
- これから買い増していく予定がある。すでに持っている物件を移すコストがかからないので、新規取得分から法人で持つほうが判断しやすい場面があります
逆にいえば、戸数を増やす予定がなく、家族に報酬を払う相手もいないなら、法人にする理由は税率だけになります。そこに年7万円の均等割と社会保険料が乗るので、思ったほど差が出ないことがあります。
判断するときの順番
- いまの課税所得を確定申告書で確認する。家賃収入の総額ではなく、経費と控除を引いたあとの金額です
- これから3年で戸数を増やす予定があるかを決める。ここが「新規分から法人」か「既存物件も移す」かの分かれ目になります
- 役員報酬を払う相手がいるかを数える。いなければ、所得を分ける効果は生まれません
- 社会保険料を試算する。役員報酬の額に応じて毎月かかります。年金事務所の保険料額表で確認できます
- そのうえで税理士に、両方の試算を出してもらう。「法人にしたらいくら」ではなく「個人のままならいくら/法人ならいくら」を並べて出してもらいます
4番までを自分でそろえてから相談すると、話がまるで変わります。資料がないまま「法人化すべきですか」と聞くと、一般論しか返ってきません。

まとめ|法人化の目安を数字で言うと
- 「900万円」は所得税の税率が23%から33%に上がる境目。法人化の判断基準ではありません
- 法人税は年800万円以下15%、超える部分23.2%。ただし役員報酬に個人の税と社会保険がもう一度かかります
- 均等割は年7万円から。赤字でもかかり、市町村は標準税率の1.2倍まで課すことができます
- 法人は社会保険が強制。個人事業の「5人以上」という人数条件が、法人にはありません
- 既存物件を移すなら登録免許税1,000分の20と不動産取得税。住宅・土地は令和9年3月31日まで100分の3の特例があります
経費と所得の考え方は賃貸経営で経費にできるもの・できないもの、青色申告で変わるところは青色申告にすると何が変わるか、まず押さえる数字は賃貸経営で最初に覚える3つの数字にまとめています。相続した物件で先に手を付ける順番は相続した築古アパートを短期間で立て直す進め方が参考になります。
ここに書いたのは、条文と国税庁の公表資料から確認できる範囲です。税額の試算と法人化の可否そのものは、必ず税務署または税理士に確認してください。同じ所得でも、家族構成・他の所得・借入の状況で結論は変わります。
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