退去の予告は何か月前か|大家が見る中途解約の条項と、30日分の賃料
結論からお伝えすると、入居者からの退去予告が「何か月前」なのかは、法律ではなく契約書の中途解約の条項で決まります。しかも順番が逆です。期間を決めた契約はそもそも途中でやめられないのが民法の原則で(民法第618条)、契約書に中途解約の条項があるから、はじめて借主は途中で出られます。そして国が示している契約書は、30日前の予告と並べて、30日分の賃料を払えばいつでも解約できるという2つ目の道を書いています。
8月31日の夜、22時を過ぎてから「今月いっぱいで退去します」とメールが届く。翌朝、契約書を出してくると、第◯条に「乙は、甲に対して1か月前までに書面で通知することにより本契約を解約することができる」と1行だけ書いてある。1か月前とは、いつのことか。9月分の賃料は入るのか。この2つが即答できる大家さんは、あまり多くありません。

期間を決めた契約は、そもそも途中でやめられません
民法第618条(期間の定めのある賃貸借の解約をする権利の留保)は、「当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する」と定めています。
裏から読むと、解約する権利を留保していなければ、期間の途中では解約できないということです。2年契約は2年間の約束であって、借主が自由に抜けられる仕組みが最初から備わっているわけではありません。実務でほぼすべての契約書に中途解約の条項が入っているのは、この原則を前提に、当事者が権利を作っているからです。
そして留保した場合に準用されるのが第617条です。同条第1項第2号は建物の賃貸借を「三箇月」としています。契約書に予告期間の定めがなければ、条文どおりなら3か月ということになります。「1か月前」は法律の数字ではなく、契約書の数字です。
「1か月前」と「30日前」は、同じではありません
民法第140条は「日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない」と定めています。第143条第2項は、月で定めた期間は「最後の月においてその起算日に応当する日の前日に満了する」としています。
8月31日に通知を受けた場合、初日を入れないので起算日は9月1日。「1か月」なら10月1日の前日、9月30日の終わりに満了します。ところが「30日」で数えると、9月1日から30日目はやはり9月30日。この月はたまたま一致します。
ずれるのは2月と、31日ある月です。1月31日に通知を受けた場合、「1か月前」なら2月28日(うるう年なら29日。第143条第2項ただし書で応当日がないときはその月の末日)ですが、「30日前」なら3月2日まで動きます。2日分の賃料が変わるということです。
8月31日に言われたら、いつまで賃料が入りますか
契約書が「1か月前の予告」なら、解約日は9月30日。9月分の賃料までは受け取れます。前月末に9月分を受け取っている契約なら、すでに入金済みの分でまかなわれます。ここで大家が損をするわけではありません。
問題は、退去日を8月31日だと思い込んで9月1日から工事と募集を動かしてしまうことです。契約が終わるまで、その部屋はまだ入居者のものです。鍵も明渡しも9月30日が基準になります。

国の契約書は「30日分払えば随時」と書いています
国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・連帯保証人型)第11条は、次の2項でできています。
- 第1項「乙は、甲に対して少なくとも30日前に解約の申入れを行うことにより、本契約を解約することができる」
- 第2項「前項の規定にかかわらず、乙は、解約申入れの日から30日分の賃料(本契約の解約後の賃料相当額を含む。)を甲に支払うことにより、解約申入れの日から起算して30日を経過する日までの間、随時に本契約を解約することができる」
「1か月前に言わなかったから、まだ出られない」ではありません。30日分を払えば、入居者はいつでも出られる。国の書式はそう作られています。
なぜ「1か月」ではなく「30日」なのか。同契約書の《作成にあたっての注意点》に理由が書いてあります。「解約申入れ期間を30日としたのは、第4条及び第5条の賃料及び共益費の日割計算の分母を30日としていることにあわせるためである」。日割の分母と予告期間をそろえた、という設計上の理由です。
注意点には具体例も載っています。9月30日に退去したい場合は8月31日以前に申し入れる(第1項)。9月10日に申し入れた場合は、10月9日まで30日分の賃料および賃料相当額を負担する(第2項)。明渡しが済んだ日ではなく、申入れの日から30日が基準です。
法定更新のあとは、3か月と6か月になります
更新の通知を出さないまま期間が過ぎると、借地借家法第26条第1項により従前と同一の条件で更新したものとみなされ、ただし期間は「定めがないもの」になります。期間の定めがない建物賃貸借になると、終わらせ方は次のように非対称になります。
- 借主から:民法第617条第1項第2号により、解約の申入れの日から3か月で終了
- 大家から:借地借家法第27条第1項により6か月、かつ第28条の正当の事由が必要
ここは契約書の「1か月前」より条文が前に出てくる場面です。詳しくは 大家の契約は本当に「自動更新」なのか|法定更新すると期間の定めが消えます、大家側から終わらせたい場合は 賃貸の更新を大家が拒否できるのか|正当事由は立退料だけでは足りない に書いています。
定期借家でも、中途解約できる場合があります
「定期借家なら期間中は絶対に出られない」と説明されることがありますが、条文はそうなっていません。借地借家法第38条第7項は、居住用で床面積200平方メートル未満の定期建物賃貸借について、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により賃借人が自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、解約の申入れができ、申入れの日から1か月を経過することによって終了すると定めています。
同条第8項は、これに反する特約で賃借人に不利なものは無効としています。契約書に「中途解約は一切できない」と書いても、この場面では効きません。
予告を受けた日に、大家がやること
- 契約書の中途解約の条項を開く。予告期間が何日か、書面が必要か、違約金の定めがあるかを見る
- 起算日を確定する。受け取った日は算入しない(民法第140条)。契約終了日を紙に書く
- 賃料がいつまでかを計算する。日割の分母が30日なのか、その月の日数なのかを契約書で確認する
- 明渡し日を確認する。標準契約書第14条第2項は、明渡しをするときに明渡し日を事前に貸主へ通知することを借主の義務としています
- 工事と募集の日程を、契約終了日から逆算して置く
退去から次の入居までの流れは はじめて空室が出たときの流れ|退去連絡から次の入居まで大家がやること、実際に何日かかるかは 退去から募集開始まで何日かかるか にまとめています。
都合の悪いことも書いておきます
- 予告期間を長くしても、空室期間は短くなりません。2か月前や3か月前の予告に変えても、決まらない部屋は決まりません。長い予告期間は募集時の条件として不利にも働きます
- 口頭の予告は、日付で揉めます。「先月言いました」と言われたときに、こちらに記録がなければ争いになります。受けたその日にメールか書面で日付を確認して返すのがいちばん安全です
- 予告期間の分の賃料が、必ず回収できるとは限りません。条文上は請求できても、退去後の相手から回収する手間は別の話です。敷金があるうちに精算の順番を決めておくほうが現実的です
- 違約金の定めは、書けば通るとは限りません。短期解約違約金などの特約は、内容と金額によって争いになることがあります。金額の妥当性は個別に判断されるため、専門家に確認してください
退去にまつわる「聞いていない」を減らす伝え方は 退去時に「聞いていない」と言われないための伝え方 をご覧ください。
予告期間は、契約書の中でいちばん短い条文のひとつです。それでも1か月分の賃料が動きます。次に契約書を開くときは、中途解約の条項に鉛筆で日付の数え方を書き込んでおいてください。次の退去連絡が来た夜に、迷わずに済みます。
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