火災保険だけでは大家の賠償は埋まらない|民法717条に所有者の免責はありません

外階段の踏み板が1枚、端のほうで浮いていました。半年前の巡回では気づかず、管理会社からの報告にも上がっていません。そこに来客が足を取られて転倒し、手首を骨折した。大家さんは「毎年業者に点検させていた」と言えます。それで賠償責任を免れるかというと、条文はそうなっていません。

結論からお伝えすると、建物の欠陥で他人にけがをさせたとき、所有者には「注意していた」という言い訳の条文がありません。民法717条1項は、占有者には免責の余地を残していますが、ただし書で責任が移る所有者には同じ規定を置いていないからです。そして火災保険の基本の補償は自分の建物が受けた損害を直すためのもので、他人への賠償はここに入っていません。埋めるのは別の特約です。

民法717条の責任の流れを6点で示した図。まず占有者、注意していれば所有者へ移り、所有者には免責の条文がないこと、竹木への準用、求償、保険の外にあることを示している。

民法717条は、二段構えになっています

まず条文を置きます。

土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによつて他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。

順番はこうです。まず占有者が責任を負う。占有者が必要な注意をしていたと言えるなら、そこで責任は消えるのではなく所有者に移ります。そして所有者の側には、ただし書に当たるものが置かれていません。

つまり「誰かがきちんとやっていた」で終わらず、最後は所有者のところで止まる構造です。709条の一般の不法行為が「故意または過失」を要件にしているのと比べると、所有者の負担が重いことが分かります。アパートの共用部分については、一般的には貸主側が事実上支配していると見られる場面が多く、そもそも所有者かつ占有者という立場になりがちです。

敷地の木も対象です

717条2項は、1項の規定を「竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合」に準用しています。建物だけの話ではありません。敷地の桜が根元から傾いて隣家の車を潰した、枯れた枝が落ちて通行人に当たった——こうした場面も同じ枠に入ります。

台風の前に見ておく場所は台風が来る前に大家が見ておく5か所|風速15mで屋根瓦ははがれ始めるにまとめていますが、樹木は「景観の話」ではなく賠償の話でもある、という位置づけになります。

工事した業者に請求できるのでしょうか

717条3項に求償権の定めがあります。

3 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。

階段の施工に問題があったなら、施工した業者へ請求する道は残ります。ただし条文の順番に注意してください。被害者に対しては、先に所有者が払います。そのうえで業者へ回収に行く形です。10年前の工事で会社がすでに無くなっていれば、回収先はありません。「業者のせいだから自分は関係ない」という整理は、被害者との関係では使えないということです。

自分でどこまで直してよいかという線引きは大家が自分で直してよい範囲はどこまでか|壁の中のコンセント交換は資格が要りますで書きました。資格が要る工事を自分でやってしまうと、この求償の相手すらいなくなります。

火災保険の主契約と賠償責任の特約を比べた図。主契約は建物や家財が受けた損害、特約は他人のけがや他人の物への法律上の賠償責任で、示談交渉は付いていない。

火災保険では出ないのですか

火災保険の主契約は、建物や家財が火災・風災・水濡れなどで受けた損害を対象にしています。他人にけがをさせた・他人の物を壊したという賠償責任は、別に特約を付けるのが一般的です。

ややこしいのは、この特約の名前が保険会社ごとに違うことです。「施設賠償責任保険」で証券を探しても見つからない、という状態が起きます。

  • 三井住友海上火災保険|賃貸建物所有者賠償(示談代行なし)特約。「GK すまいの保険」のオプション特約の案内は「賃貸建物の保守、管理等に起因する賠償事故を補償します。」とし、あわせて「※示談交渉サービスはありません。」と記載しています
  • あいおいニッセイ同和損害保険|賃貸建物所有者賠償(示談代行なし)特約。「タフ・すまいの保険」のオプション特約の案内は「保険の対象となる建物の所有・使用・管理や賃貸・管理業務を原因とする偶然な事故により他人を死傷させた等について法律上の損害賠償責任を負った場合の損害を、1回の事故につき特約保険金額を限度に補償します。」とし、特約保険金額は1,000万円・3,000万円・5,000万円・1億円・2億円・3億円・5億円・10億円から選ぶ形になっています
  • 東京海上日動火災保険|建物管理賠償責任補償特約。「トータルアシスト住まいの保険」の特約の案内で、建物の管理の不備に起因する偶然な事故により他人にケガをさせたり他人の物を壊した場合の法律上の賠償費用を補償するものとして並んでいます

出典:三井住友海上火災保険株式会社「オプションの特約・自動セット特約」(GK すまいの保険)/あいおいニッセイ同和損害保険株式会社「タフ・すまいの保険 オプション特約」/東京海上日動火災保険株式会社「特約」(トータルアシスト住まいの保険)。いずれも2026年8月21日に各社の公式サイトで確認したもの

自動車保険と同じつもりでいると、ここでつまずきます

上の説明には、いずれも示談交渉が付いていないことが書かれています。三井住友海上のオプション特約の案内には「※示談交渉サービスはありません。」と明記があり、同社もあいおいニッセイ同和も、特約の名称そのものに「示談代行なし」と入っています

自動車保険では保険会社が相手方と交渉してくれますが、この種の特約では大家さん自身(または代理人)が相手方と話をすることになります。骨折した来客と直接やりとりする、という場面を想定しておく必要があります。ここは加入前に必ず確認してください。

賠償のほかに、大家向けの特約が2つあります

同じ案内のなかで、賃貸経営に効く特約が並んでいます。あいおいニッセイ同和の「タフ・すまいの保険」オプション特約の案内から引きます。

  • 家賃収入特約|契約プランで補償される事故によって建物が損害を受けた結果発生する家賃の損失を、契約時に定めた期間を限度に補償するもの。同社の場合、期間は3か月から12か月の間で1か月単位で決めます
  • 家主費用特約|賃貸住宅内で死亡事故が発生し、死亡事故発見日から90日以内に空室となった結果発生した30日以上続く空室期間、または空室期間短縮のために家賃を値引きしたことによる値引期間の家賃損失を補償するもの。あわせて修復・清掃・脱臭費用などの原状回復のための費用や遺品整理費用についても100万円を限度に補償する(同社の場合、家賃収入特約をセットしていることなどが条件)

入居者が亡くなったときに大家さんがまず何をするかは入居者が亡くなったと連絡が来たら|大家が残置物に手をつけてはいけない理由に書きました。手順の話とは別に、費用の出どころを先に用意できるかどうかが、ここでの論点になります。

いま証券のどこを見るか

  1. 賠償責任の特約が付いているか。名称は会社ごとに違うので、「賠償」の2文字を探します
  2. 付いているなら、1回の事故あたりの限度額はいくらか
  3. 示談交渉が付いているか
  4. 被保険者が誰になっているか。相続や共有名義で所有者が変わっているのに、証券が昔の名義のままということがあります
  5. 家賃収入・家主費用の特約の有無

4番目は見落としが多いところです。契約者と被保険者の違いは大家の火災保険は契約者ではなく被保険者で決まる|入居者の保険には先取特権があるに、証券の読み方は大家が火災保険の証券で確認する5つの欄|地震・水濡れ・賠償・家賃収入にまとめています。保険料の動きは大家の火災保険料は2026年も上がるのか|値上げ記事の前に見る一次資料で調べました。

都合の悪いことも書いておきます

特約を付ければ保険料は上がります。木造の小さなアパート1棟でも、賠償の特約と家賃収入の特約を両方付ければ、それなりの負担になります。そして保険に入っても、階段の踏み板が浮いていた事実は消えません。717条が問題にしているのは「設置又は保存に瑕疵があること」なので、点検して直しておくことが最初の対策で、保険はそのあとに残るリスクを引き受けるものです。

入居中の修繕をどちらが負担するかの分かれ目は入居中に設備が壊れたときの修繕費|大家負担と入居者負担が分かれる一点に書きました。共用部の傷みは誰も申告してこないので、巡回の記録を残しておくことが、結果として717条の場面でも効いてきます。

なお、保険で実際にいくら支払われるかは約款と個別の事情で決まります。ここに書いたのは各社が公表している説明の範囲で、一般的な考え方です。契約中の内容や、いま検討している特約が自分の物件に合うかどうかは、保険会社または代理店にご確認ください。賠償責任の有無そのものが争いになる場面では、弁護士への相談が必要になります。

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