大家の火災保険は契約者ではなく被保険者で決まる|入居者の保険には先取特権がある

結論からお伝えすると、火災保険で見るべきは「誰が契約者か」ではなく「誰が被保険者か」です。保険料を払っている人と、保険金を受け取る人は、法律上まったく別に定義されています。管理会社の名前で契約していても、被保険者が所有者になっていれば建物の保険金は所有者に出ます。逆に、被保険者の欄が亡くなった親のままなら、そこで手が止まります。

保険証券の1枚目、左上に「保険契約者」、その下か右に「被保険者」。ふだん見ないほうの欄です。

火災保険の契約者は保険料を払う人、被保険者は損害を受ける人であることと、建物の保険は所有者が被保険者になること、管理会社名義や相続後の名義で確認すべき点をまとめた図

契約者と被保険者は、法律上べつの人です

保険法2条は用語を定義しています。

  • 保険契約者——「保険契約の当事者のうち、保険料を支払う義務を負う者」(3号)
  • 被保険者——損害保険契約では「損害保険契約によりてん補することとされる損害を受ける者」(4号イ)

そして同法3条は、損害保険契約について「金銭に見積もることができる利益に限り、その目的とすることができる」と定めています。損害を受ける立場にない人を被保険者にしても、保険としては成り立ちません。 建物が焼けて損をするのは所有者です。だから建物の火災保険は、契約者が誰であれ、被保険者は所有者でなければ意味がありません。

ここから、実務でよくある3つの状態が説明できます。

  • 相続でアパートを引き継いだのに、被保険者が亡くなった親のまま——契約上の地位そのものは相続で承継されます(民法896条)が、保険会社は所有者が替わったことを知りません。名義変更をしていないと、事故のときに相続関係の書類から始めることになります
  • 管理会社が一括で掛けている保険がある——建物の保険なのか、管理会社自身の賠償責任保険なのかで、出る先が変わります。証券の被保険者欄を見れば分かります
  • サブリースに出している——建物の所有者は大家のままなので、建物の火災保険は大家が掛けます。転貸事業者が掛けるのは、借りている立場としての賠償の保険です

証券のどの欄に何が書いてあるかは大家が火災保険の証券で確認する5つの欄にまとめています。この記事はその手前の、名義の話です。

入居者の失火で焼けても、入居者に請求できないことがある

失火ノ責任ニ関スル法律(明治32年法律第40号)は、条文が1行しかありません。

「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」

失火については不法行為責任を問わない、ただし重大な過失があるときは別、という意味です。てんぷら鍋から目を離した程度の不注意では、重過失にならないと判断されることがあります。

ただし、賃貸には続きがあります。借りている部屋を元に戻して返す義務(賃貸借契約上の債務)は、この法律の対象外だと一般に整理されています。入居者が加入する火災保険に「借家人賠償責任」が付いているのは、この債務に備えるためです。逆に言えば、共用部や他の部屋への延焼は借家人賠償の対象外になり得ます。個別の契約でどこまで支払われるかは、必ず保険会社・代理店にご確認ください。

入居者が保険金を受け取って、直さずに使ってしまうことはできるのか?

できません。保険法22条が、責任保険についてこう定めています。

1項——「責任保険契約の被保険者に対して当該責任保険契約の保険事故に係る損害賠償請求権を有する者は、保険給付を請求する権利について先取特権を有する」

2項——「被保険者は、前項の損害賠償請求権に係る債務について弁済をした金額又は当該損害賠償請求権を有する者の承諾があった金額の限度においてのみ、保険者に対して保険給付を請求する権利を行使することができる」

読み替えると、こうなります。入居者の借家人賠償から出るお金について、大家は先取特権という優先権を持っています。そして入居者の側は、大家に払った額か、大家が承諾した額しか保険会社に請求できません。3項では、この保険金請求権は原則として譲渡も差押えもできないとされています。

「入居者が保険金を持って行方をくらます」という心配は、法律の設計としては封じられています。実務では保険会社が大家側と直接やり取りすることが多いのは、この条文があるためです。

自分の火災保険で直すと、保険会社が入居者に請求します

もう一つ知っておくべきなのが保険法25条の請求権代位です。保険会社が保険金を払うと、その額を限度に、被保険者が持っていた債権を保険会社が引き継ぎます。

つまり、入居者に責任がある事故で大家が自分の火災保険を使って直した場合、あとから保険会社が入居者に請求することがあります。「うちの保険で直したから、あの人には請求しない」という判断は、大家の一存では完結しません。どちらの保険を使うかは、事故の直後に両方の証券を並べて決めてください。入居中の修繕費の負担区分は入居中に設備が壊れたときの修繕費で扱っています。

自宅を貸すときは、保険の種類を変えないと危ない

転勤などで自宅をそのまま貸す場合、火災保険は住宅物件のままになっていることがあります。用途が変われば、保険料の前提が変わります。

保険法29条は「危険増加による解除」を定めています。告知事項に変更が生じたときは遅滞なく通知すべきことが契約で定められていて、契約者や被保険者が故意または重大な過失によりその通知をしなかった場合、保険会社は契約を解除できるとされています(同条1項1号・2号)。契約の入口でも、保険法4条が告知義務を定め、28条が違反による解除を定めています。

「知らなかった」で済ませる話ではなく、貸すと決めた時点で代理店に一報を入れるだけで終わる話です。

入居者の火の不始末で部屋が焼けたときに、重過失の有無・原状回復義務・大家の先取特権・保険会社の求償がどの順で決まるかを段階で示した図

都合の悪いことも書いておきます

  • 被保険者を直せば全部解決する、という話ではありません。 補償される事故の範囲や保険金額が実態と合っていなければ、名義が正しくても足りません
  • 入居者の保険は、入居者が更新しなければ切れます。 大家からは見えません。更新のたびに加入状況を確認する仕組みを、管理の中に入れておく必要があります
  • 共有名義の物件は、被保険者を共有者全員にしておかないと、持分に対応する分しか出ないという整理になることがあります
  • 保険料は毎年の支出です。 特約を足せばそのぶん増えます。空室が多い時期には重く効きます
  • 保険の内容は商品と契約年で異なります。この記事は法律の枠組みの一般的な整理であり、個別の契約でどこまで支払われるかは、ご契約の保険会社・代理店にご確認ください

今週やるなら、この順番で

  1. 証券を出して、「保険契約者」と「被保険者」の欄を両方読む
  2. 被保険者がいまの所有者の名前になっているかを確認する(相続・法人化・共有名義の追加をした人は特に)
  3. 入居者の火災保険の加入状況が、いつ確認されたものかを管理会社に聞く
  4. 自宅を貸している物件があれば、住宅物件のままになっていないかを代理店に確認する
  5. ずれていた欄だけ、代理店に直してもらう

保険料そのものの動きは大家の火災保険料は2026年も上がるのかに書いています。名義の確認は、証券を1枚出すところからで十分です。

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