管理会社が大家に無断で直せる金額はいくらか|頭書を空欄にすると民法に戻ります
結論からお伝えすると、管理会社が大家さんの承諾なしで立て替えられる金額は、契約書の頭書に書いた1件あたりの上限額で決まります。国土交通省の標準管理受託契約書は、その欄を大家さんと管理会社が協議して埋める作りになっています。
そして、埋めていない契約が珍しくありません。空欄のまま置くと、その部分は民法の原則に戻ります。民法は「承諾を得てから」とは書いていません。だから、空欄は「勝手にやられない」ではなく、その逆に働きます。

「オーナー負担でお願いします」と言われる場面は、2つに分かれます
同じ言葉でも、法律の通り道が違います。先に分けておきます。
- これからやる工事の話 見積もりが先に来る。判断の時間がある
- もう終わった工事の話 管理会社が立て替えていて、明細に載ってから知る
もめるのは後者です。そして、後者を決めているのが管理委託契約の「立て替えた費用の償還」の条項です。
標準管理受託契約書は、第6条で線を引いています
国土交通省の「賃貸住宅標準管理受託契約書」第6条は、こうなっています(出典:国土交通省「賃貸住宅標準管理受託契約書」・2026年8月30日確認。甲が大家さん、乙が管理会社)。
「乙が管理業務を遂行する上でやむを得ず立て替えた費用については、甲は、乙に、速やかに、償還しなければならない」
「前項において、1件当たりの金額が甲及び乙の協議の上で別途、頭書(11)で定めた記載の金額を超えないものについては、甲の承諾を要しないものとし、超えるものについては、予め甲と協議しなければならない」
ここに出てくる頭書(11)が、この記事の主題です。契約書の後ろのほうにある条文ではなく、いちばん前の一覧表の中に、金額を書き込む欄として置かれています。
この欄は、なぜ用意されているのか?
同じ標準契約書のコメント(第6条関係)が、理由を書いています。
「委任者である甲には、受任者である乙が立て替えた費用を償還する義務があるが、無制限に乙の費用立て替えを認めると甲の負担が重くなることから、乙が、甲に費用償還義務が発生する業務を行う際には、原則として甲の承諾を得る必要があることを明記している。しかし、少額の費用の業務までに甲の承諾を求めていては、迅速な業務の執行に支障をきたすおそれがあるため、甲乙で協議した金額内の費用立て替えであれば、甲の承諾を要しないとしている」
つまり、この欄は管理会社の都合で置かれているのではありません。電球1個の交換で大家さんに電話をかける運用を避けるためのものです。金額を下げすぎると、入居者を待たせる側に振れます。
空欄にすると、何に戻るのか
民法第650条第1項は、委任の受任者についてこう定めています(出典:e-Gov法令検索・2026年8月30日時点)。
「受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる」
条文のどこにも「委任者の承諾を得たとき」とは書かれていません。必要と認められる費用であれば、承諾がなくても償還を請求できるのが原則です。
標準契約書の第6条第2項は、この原則に「金額を超えるなら予め協議する」という縛りを上乗せしたものです。上乗せは、金額を書いて初めて働きます。頭書(11)が空欄なら、超える・超えないの判定ができません。判定できない条項は、実際のもめごとでは頼りになりません。
「金額を書かなければ全部承諾が要る」と読みたくなりますが、逆です。原則が承諾不要である以上、書かないことで得をするのは大家さんの側ではありません。
いちばん取り違えやすいところ:緊急時は金額と無関係です
頭書(11)を1万円にしておけば、それ以上のことは勝手にされない。そう考えたくなりますが、標準契約書には別の条文があります。第11条(緊急時の業務)です。
「乙は、第9条のほか、災害又は事故等の事由により、緊急に行う必要がある業務で、甲の承認を受ける時間的な余裕がないものについては、甲の承認を受けないで実施することができる。この場合において、乙は、速やかに書面をもって、その業務の内容及びその実施に要した費用の額を甲に通知しなければならない」
この条文に金額は一言も出てきません。判定の軸は「承認を受ける時間的な余裕があったか」だけです。夜中の漏水で階下に落ちている、給湯器が真冬に止まった。こうした場面では、頭書(11)にいくら書いてあっても止まりません。
そのかわり、第11条は管理会社に書面での事後通知を義務づけています。電話で「やっておきました」だけで終わり、書面が来ていないなら、そこは求めてよい部分です。
では、頭書(11)の金額は何を止めているのか?
止めているのは、急がない工事です。退去後の設備の入れ替え、共用部の改修、老朽化した部品の予防交換。時間の余裕があるものを、相談なしで進めさせないための欄です。緊急のものは第11条で通り、急がないものは第6条第2項で止まる。2本立てになっています。
金額を止めても、負担そのものは消えません
もうひとつ、頭書(11)を極端に低くしても効かない通り道があります。入居者から直接来るルートです。
民法第606条第1項は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」と定めています。そのうえで、第607条の2は次の場合に賃借人が自分で修繕できるとしています。
- 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、または賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき
- 急迫の事情があるとき
そして第608条第1項。「賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる」。
管理会社の立て替えを止めても、入居者が自分で手配して、そのまま大家さんへ請求できる形になります。しかも、この場合は業者も金額も入居者が選びます。修繕費の負担の分かれ目は入居中に設備が壊れたときの修繕費にまとめました。

いくらに設定するか
法律に決まりはありません。「1件あたり」の金額であることを踏まえて、自分の物件の実態から決めます。考える順番はこうです。
- 直近1年で立て替えられた工事を、金額順に並べる。送金明細から拾えます。何件が、いくらだったか
- そのうち「電話が来なくてよかった」ものの上限を見る。鍵の緊急開錠、電球、パッキン、網戸。ここが下限の目安です
- 「相談してほしかった」ものの下限を見る。給湯器、エアコン、便器、クロスの全面。ここが上限の目安です
- 2つの間で決める。間が空きすぎるなら、金額ではなく工種で区切る特約を足します(設備の交換は金額にかかわらず事前協議、など)
- 遠方の物件は高めに、近くの物件は低めに。自分が現場を見に行けるかどうかで、判断できる速さが変わります
遠方の物件の考え方は自主管理の限界を、戸数と時間で見る、契約書のどこを読むかは管理委託契約書はどこを読むべきかで扱っています。築古の物件は突発の修繕が多いので、昭和築アパートの空室が埋まらない5つの原因のように、先に手を入れる順番を決めておくと立て替えの件数そのものが減ります。
まとめ
- 承諾なしで立て替えられる金額は、標準管理受託契約書第6条第2項と頭書(11)で決まります
- 空欄にすると、民法第650条第1項の原則に戻ります。原則は「必要と認められる費用なら承諾不要」です
- 緊急時の業務(第11条)は金額と無関係。判定の軸は「承認を受ける時間的な余裕があったか」だけです
- そのかわり第11条は、書面での事後通知を管理会社に義務づけています
- 金額を止めても、民法第607条の2と第608条第1項により、入居者から直接請求される道が残ります
- 決め方は、直近1年の立て替え実績を金額順に並べて、その間に置くのが早い
次の契約更新のときに頭書を1回開いて、(11)の欄に数字が入っているかだけ見てください。入っていなければ、そこが最初の1手です。
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