入居者が救急搬送されるとき、部屋の鍵は誰が開けるのか|消防法に解錠の条文はありません
結論からお伝えすると、救急業務を定めた消防法の条文には、鍵を開けたり戸を壊したりする権限が書かれていません。火災現場で物を処分できると定めた第29条は、条文の文言が「火災が発生せんとし、又は発生した」場合に限られています。だから玄関に鍵がかかっていると、現場は鍵を持っている人を探すことになります。その電話が、大家さんに来ることがあります。受けてから考えるのではなく、先に条文の並びを知っておく話です。
9月6日から12日が「救急医療週間」です
総務省消防庁は2026年8月13日付で、令和8年度の「救急の日」及び「救急医療週間」の実施について通知を出しています。9月9日が「救急の日」、その日を含む日曜日から土曜日までの一週間が「救急医療週間」で、昭和57年から続いています。今年は9月6日(日)から9月12日(土)です。
数字も出ています。令和6年中の救急自動車による救急出動件数は771万8,380件、搬送人員は676万9,172人。そのうち高齢者(満65歳以上)が428万4,953人で63.3%を占めます。現場到着所要時間は全国平均で約9.8分、病院収容までが約44.6分でした(出典:総務省消防庁「令和7年版 救急救助の現況」)。
搬送される方がいるという話です。数字を煽りに使うつもりはありません。ただ、搬送人員の6割以上が高齢者という状態は、賃貸住宅を持つ側から見れば「自分の物件で起きうること」として読む値です。到着まで約9.8分。その9.8分のあとに鍵の問題が来ます。

消防法には、救急のための解錠の権限が書かれていません
消防法第2条第9項は「救急業務」を定義していますが、その中身は傷病者を医療機関その他の場所に搬送することと、医師の管理下に置かれるまでの間の応急の手当までです。他人の建物に立ち入る、鍵を開ける、といった権限はここに書かれていません。
権限が書かれているのは第29条第1項ですが、条文はこうです。
「消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる」
「火災が発生せんとし、又は発生した」が付いています。火災のない急病の現場を、この条文がそのまま覆っているとは読めません。
では警察はどうか。警察官職務執行法第6条第1項は、危険な事態で危害が切迫した場合に、被害者を救助するため已むを得ないと認めるときは「合理的に必要と判断される限度において他人の土地、建物又は船車の中に立ち入ることができる」と定めています。ただし主語は「警察官は」です。救急隊員に同じ条文があるわけではありません。だから現場では警察が呼ばれます。
大家が開けたら、責任を負うのですか?
民法に、この場面のための条文が2本あります。
ひとつは第698条(緊急事務管理)です。「管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」。頼まれてもいないのに他人のために動くことを事務管理といい、急迫の場合は責任の基準が引き上げられています。
もうひとつは第720条第2項です。第1項の正当防衛の規定を、「他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合」に準用しています。
ただし、この2本は「開けてよい」という許可証ではありません。あとから急迫性がなかったと判断されれば、結論は変わります。実際にどう評価されるかは事情によりますので、迷う場面に立ったときは、その場で警察官か救急隊員に判断を求め、誰の要請で開けたのかを残すことのほうが実務的です。
逆に、平常時に勝手に開けてはいけません
貸したあとの部屋は入居者が占有しています。大家さんが鍵を持っていても、それは中に入ってよいという意味ではありません。この線引きは大家が持つ鍵は何本か|スペアの記録と、自分の物件に入れない理由に書きました。急迫の危難があるかどうかが、境目です。「最近見かけない」「郵便が溜まっている」の段階でいきなり開けるのは、この記事の話ではありません。その手順は連絡が取れない入居者への対応のほうです。

先に決めておく4つ
- 緊急連絡先を2件以上、部屋番号ごとに紙で持つ。1件だと、その1件が出ないだけで止まります
- 鍵の所在を1行で言えるようにする。誰が何本、どこに保管しているか。電話口で探し始めると、そのまま数分が過ぎます
- 記録の書式を決めておく。日時/要請したのは誰か(救急隊員か警察官か)/立ち会った人/開けた方法。あとから必要になるのはこの4つです
- 一次窓口を管理会社に固定しておく。夜間の連絡先が管理会社の代表番号だけになっていないかを確かめてください
高齢の入居者が増えている物件での備え方は、高齢の入居者が増えた築古アパートの備えにまとめてあります。
都合の悪いことも書いておきます
- 現場の運用は消防本部ごとに違います。ここに書いたのは条文の並びであって、お住まいの地域の救急隊が実際にどう動くかは、地元の消防本部にしか答えられません
- 大家さんに開ける義務はありません。鍵を持っていることと、開けなければならないことは別です。断ったことで責任を負うと決まっているわけでもありません
- 緊急連絡先は、更新しないと使えません。入居時に書いてもらったきり10年経っている連絡先は、かかりません。更新の案内を出すタイミングは契約更新のときです
- 責任の所在は、条文だけでは決まりません。急迫性があったかどうかは事後に評価されます。実際に起きたあとの扱いは、弁護士など専門家に個別の事情を見てもらってください
今日できることを1つだけ選ぶなら
入居者名簿を開いて、緊急連絡先が1件しか入っていない部屋がいくつあるかを数えてください。数えるだけで、次に何をすればよいかが決まります。救急医療週間は9月12日までです。
まとめ
救急業務の条文に解錠の権限はなく、火災現場の処分権を定めた消防法第29条は火災が前提。立入の条文を持っているのは警察官です。だから鍵は、持っている人のところへ話が回ります。開けた場合の責任は民法第698条と第720条第2項という枠の中で判断されますが、それは事後の評価であって許可ではありません。用意しておくのは、鍵そのものではなく「誰が何本持っているか」と「連絡先が2件あるか」の2つです。
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