空室が2部屋あるとき大家はどちらを先に決めるか|先に下げた家賃は隣の部屋の物差しになります

同じアパートで、3月に2部屋が同時に空いた。1階の1Kと、2階の同じ間取り。募集条件はどちらも6万2,000円のまま3か月が過ぎ、管理会社からは「両方とも5万8,000円に下げましょう」と提案が来ている。年度末を逃したのだから仕方がない、と受け入れかけたところです。

結論からお伝えすると、ここで先に決めるべきなのは「どちらの部屋を先に案内してもらうか」ではなく、賃料を動かす部屋を1つに絞れるかどうかです。理由は借地借家法第32条第1項にあります。家賃の増減を請求できる場面として、条文は「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」を挙げています。同じ建物の隣の部屋は、この「近傍同種」のいちばん近い実例になります。2部屋まとめて下げると、その物件のなかに新しい相場が2つ生まれます。

家賃を動かす前に確認する5点。条文の引き金は3つ、隣の部屋がいちばん近い実例、増額しない特約しか条文にない、定期借家は扱いが違う、揉めると年1割の利息が付く。

条文が挙げている引き金は、3つあります

借地借家法第32条第1項の原文は、次のとおりです(電子政府の総合窓口・現行条文)。

建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。

引き金は3つです。

  1. 土地・建物に対する租税その他の負担が増減したとき
  2. 土地・建物の価格が上下したなど、経済事情が変動したとき
  3. 近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき

1と2は物件の外側で起きることなので、大家さんが自分で作り出すものではありません。ところが3つ目だけは、大家さん自身の募集条件が材料になります。3か月前に6万2,000円で入居した2階の方から見たとき、いま同じ建物の同じ間取りが5万8,000円で募集されていれば、それは「近傍同種の建物の借賃」そのものです。しかも徒歩0分、築年数も設備も構造も同じという、比較のしようがないほど近い実例になります。

ここで気をつけたいのは、この条文が「契約の条件にかかわらず」と書いていることです。契約書に何と書いてあっても、この請求権は当事者に残ります。

条文にあるのは「増額しない特約」だけです

第32条第1項には、ただし書きが1文だけ付いています。

ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。

読んでいただくと分かるとおり、条文が名指しで認めているのは「増額しない」特約だけです。「減額しない」特約については、この条文は何も書いていません。一般的には、借主に不利な特約は効きにくいと整理されており、契約書に「賃料の減額請求はできないものとする」と1行入れておけば安心、という状態にはならないと考えておくのが安全です。個別の契約の効力は事情によって判断が分かれる領域ですので、実際に文言を入れている契約がある方は、弁護士に条文そのものを見てもらってください。

つまり、普通の賃貸借契約では、いったん下げた家賃を材料に、残りの部屋や既存の入居者から減額を求められる道が閉じていません。ここが「2部屋同時に下げる」ことの怖さです。

定期借家だけは、条文の扱いが違います

同じ借地借家法の第38条第9項に、こう書かれています。

第三十二条の規定は、第一項の規定による建物の賃貸借において、借賃の改定に係る特約がある場合には、適用しない。

第38条第1項の建物の賃貸借とは、更新がないことを定めた定期建物賃貸借のことです。定期借家で、かつ借賃の改定に関する特約を置いている場合には、第32条そのものが適用されません。増額請求も減額請求も、その特約に従います。

ですから「2部屋あるうち、片方を試しに安く出してみる」を安全にやりたいなら、条文上の受け皿は定期借家です。ただし定期借家は書面での契約と事前説明が必須で、手続きを1つ落とすと更新がない旨の定めが無効になります。仕組みと注意点は短期の入居を受けるかどうか|大家が結ぶ「3か月契約」は3か月で終わりませんに整理しました。

では、2部屋とも同じ条件で出すのが正解ですか?

同じ条件で出すこと自体は問題ありません。避けたいのは「同じ建物のなかに、条件の違う実例を同時に作ること」です。整理すると、こうなります。

  • 2部屋とも、いまの条件のまま出す……新しい実例は生まれません。空室損は積み上がります
  • 2部屋とも、同じ額まで下げる……新しい実例が2つ生まれます。建物の相場が下がったと読まれます
  • 1部屋だけ賃料を下げる……実例が1つ生まれます。ただし、それが最安値として残ります
  • 1部屋だけ初期費用で調整する……賃料の実例は生まれません。効き方は賃料の値下げより弱い場合があります

賃料そのものを触らずに条件を動かす方法は家賃を下げる前に試すこと|初期費用の調整という手敷金礼金ゼロは得か損か|回収できる期間で考えるにまとめています。募集条件のどこから動かすかの順番は空室が3か月埋まらない。募集条件のどこを動かすかをご覧ください。

話がこじれると、最後に年1割の利息が付きます

第32条は、協議が調わなかったときの扱いまで書いています。減額請求の場合が第3項です。

建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。

裁判が確定するまでは、大家さんは自分が相当と考える額を請求し続けられます。ただし、確定した額より多く受け取っていた場合、超過分に年1割の利息を付けて返すことになります。増額請求のときは、第2項で逆のことが書かれており、借主が不足額に年1割の利息を付けて払います。

年1割は、いまの預金金利や住宅ローンの水準からするとかなり重い数字です。「揉めても払わせておけばいい」という戦い方が、条文の側で割に合わないようにできている、と読むのが正確です。

先に決める部屋の選び方の順番。いま案内できる状態かを見る、条件を動かさずに決まる見込みを見る、賃料を動かす部屋を1つに絞る、床面積の広い部屋を先に出す。

先に決める部屋は、この順番で選びます

そのうえで、2部屋のどちらを先に決めにいくかです。判断の材料は3つあります。

見る順番 何を見るか 理由
1 いま案内できる状態か 工事や残置物が残っている部屋は、条件を触っても決まりません。入居可能時期が動かせるほうが先です
2 条件を動かさずに決まる見込みがあるか 見込みがあるほうを先に出し、実例を作らずに1部屋減らします
3 床面積が広いか 相続税の評価では、貸家建付地の評価減が床面積の割合で計算されます。広い部屋のほうが効きます

1つ目の「入居可能時期」は、退去日とは別の日付です。ここを取り違えると募集開始が遅れます。数え方は空室の募集開始はいつにするか|大家が見るのは退去日ではなく入居可能時期ですに書きました。3つ目の税金の話は空室が続くと固定資産税は上がるのか|「6倍」が起きるのは空室ではないで扱っています。

都合の悪いことも書いておきます

ここまで書いてきたことは、条件を動かさない理由にはなりません。

空室が1か月延びれば、6万2,000円の部屋なら6万2,000円がそのまま消えます。2部屋なら12万4,000円です。一方、家賃を4,000円下げた場合の損失は、その入居者が住んでいる間だけ、月4,000円です。4年住んでもらえば19万2,000円になりますが、それは4年かけての話で、空室の損は今月出ていきます。

また、減額請求は「請求できる」というだけで、請求すれば通るものではありません。実際に賃料が動くのは協議か調停か裁判を経てからで、既存の入居者が自分から動くことは多くありません。ここで申し上げているのは「必ず起きる」ではなく、起きたときの材料を自分で作らないほうがいいということです。

それでも管理会社から2部屋同時の値下げを提案されたときは、理由を聞いてください。「両方とも決まらないから」なのか「片方の反響が明らかに悪いから」なのかで、動かす部屋の数が変わります。反響の数字を出してもらう頼み方は空室の報告を管理会社に求める頻度|賃貸の募集に法律上の報告義務はありませんにまとめました。

今日できること

いま2部屋以上が空いている方は、募集図面を2枚並べて、賃料・共益費・敷金・礼金・フリーレントの5行を見比べてください。5行のうち1行でも違っていれば、その物件にはもう2つの条件が出ています。どちらを残すかを先に決めてから、案内の順番を考える。順番はそのあとの話です。

なお、共益費だけを動かす手も一見よさそうに見えますが、共益費は実費の裏づけがないと動かしにくい費目です。考え方はアパートの共益費は何に使うお金か|大家が上げられるのは実費が動いたときだけに書いています。家賃と更新・解約の基本を通しで確認したい方ははじめての大家さんが押さえる借地借家法の基本|更新・解約・家賃の3点もあわせてどうぞ。

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