入居者が亡くなったと連絡が来たら|大家が残置物に手をつけてはいけない理由
人が亡くなった話です。ご家族にも、隣に住んでいた方にも、それぞれの受け止め方があります。ここでは大家さんが判断を迫られる手続きの部分だけを、順を追って書きます。
結論からお伝えすると、入居者が亡くなったという連絡を受けた時点で、賃借権と部屋の中に残された家財の所有権は、その相続人に移っています。だから大家さんが最初にやることは、片付けの手配ではありません。誰が相続人なのかを確かめることと、部屋に手をつけないまま記録を残すことです。
連絡が来た最初の数日で確かめること
連絡の入り方はいろいろです。ご親族から電話が来ることもあれば、隣室の入居者から「新聞が溜まっている」と連絡が来ることも、警察から連絡が入ることもあります。どの入り方でも、確かめる順番は同じです。
- 誰から、いつ、何を聞いたのかを書き留める……あとで相続人や保証会社に説明する材料になります
- 連絡が取れるご親族がいるかを確かめる……緊急連絡先として届け出てもらっている方が起点になります
- 保証会社と契約の内容を確認する……家賃の保証だけの契約か、退去時の費用まで含む契約かで動き方が変わります
- 加入している火災保険の内容を確認する……大家さん側の損害をまかなう特約が付いていることがあります
この4つを、部屋に入る前にやります。部屋の中の状況を確かめたい気持ちが先に立ちますが、そこが順番の分かれ目です。

なぜ、部屋の中の物に手をつけられないのか
民法896条は、「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めています。ただし書きで除かれているのは「被相続人の一身に専属したもの」だけです。
ここから2つのことが出てきます。
- 賃貸借契約は、亡くなったことで終わりません。借りる側の立場が相続人に移り、契約は続きます。家賃を支払う義務も同じように移ります
- 部屋の中の家財は、相続人の財産です。冷蔵庫でも、布団でも、写真でも同じです。大家さんが処分すると、他人の財産を勝手に処分したことになります
国土交通省と法務省の手引きも、この点を最初に置いています。「賃借人が死亡すると、賃借権と物件内に残された家財(残置物)の所有権は、その相続人に承継されるため、相続人の有無や所在が分からない場合、賃貸借契約の解除や残置物の処理が困難になることがあります」(出典:国土交通省・法務省「残置物の処理等に関する契約の活用手引き」)。
つまり困るのは「亡くなったこと」そのものではなく、相続人が分からない、連絡が取れないという状態です。ここを短くできるかどうかで、空室の期間が数か月変わります。
相続人が見つからない、全員が相続を放棄したらどうなるのか
ここが実務でいちばん長引くところです。「放棄されたら、大家が自由に片付けられる」と考えられがちですが、そうはなりません。
- 民法940条は、相続の放棄をした者も、放棄の時にその財産を現に占有しているときは、相続人か相続財産の清算人に引き渡すまで、自己の財産と同一の注意をもって保存しなければならないと定めています。放棄したから関係がなくなる、という条文にはなっていません
- 相続人がいない、あるいは明らかでないときは、家庭裁判所に相続財産の清算人を選んでもらう道があります(952条)。請求できるのは利害関係人か検察官で、大家さんは利害関係人にあたり得ます
- ただし清算人が選ばれると、家庭裁判所は公告をします。この公告の期間は「六箇月を下ることができない」と条文に書かれています
半年という数字が法律の側から出てきます。その間も部屋は貸せません。だからこそ、契約を結ぶ段階での備えが効いてきます。
契約を結ぶときに用意できるもの|国が出しているひな形
国土交通省と法務省は、単身の高齢者が亡くなったときに契約関係と残置物を片付けられるようにするため、「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公開しています。入居者と受任者との間で、①賃貸借契約の解除事務の委任 ②残置物の処理事務の委任 という2つの死後事務委任契約を結んでおく形です。
ここで、知られていない注意点が3つあります。
- 使う場面が限られています。手引きは「単身の高齢者(60歳以上の者)が賃貸住宅を借りる場合」を想定しており、不安感が生じにくい場面(個人の保証人がいる場合や若年層が借りる場合など)で使うと、民法や消費者契約法に違反して無効となる可能性があると明記しています。全入居者の契約書に一律で入れる、という使い方はできません
- 大家さんが受任者になるのは避けるべきとされています。手引きは「賃貸人は入居者(の相続人)と利益相反の関係にあるため、賃貸人を受任者とすることは避けるべき」と書いています。望ましいのは入居者の推定相続人のいずれか、それが難しい場合は居住支援法人や管理業者などの第三者です
- すぐには捨てられません。廃棄できるのは「入居者の死亡から一定期間(少なくとも3か月)が経過し、かつ、賃貸借契約が終了した後」です。しかも換価できる残置物は、換価に努める必要があるとされています
(出典:国土交通省・法務省「残置物の処理等に関する契約の活用手引き 〜単身高齢者が亡くなったときのために〜」)
大家さん側の役目もはっきり書かれています。亡くなったことを知ったら受任者に通知すること、室内に入る際の開錠や家財の搬出に立ち会うことへの協力を求められることがある——この2つです。自分で片付けを進める役ではありません。
費用は誰が持つのか
都合の悪いことも書きます。費用が回収できないまま終わる場面は、実際にあります。
- 家賃と原状回復費用……相続人が承継するので、請求先は相続人になります。ただし相続財産が残っていなければ、請求できても回収はできません
- 特殊清掃……状態によって作業の内容が大きく変わるため、現場を見た見積りになります。金額の幅が広く、事前に一つの数字では出せない項目です
- 保証会社……家賃の保証だけの契約なのか、原状回復や残置物の撤去まで含む契約なのかは、契約書を読まないと分かりません。ここは加入時点で決まっています
- 火災保険……大家さん向けの保険には、こうした場合の費用や家賃の損失をまかなう特約が用意されていることがあります。付いているかどうかは証券を見ないと分かりません
原状回復そのものの水準も見ておきます。関東で賃貸の原状回復を専門にしている内装会社が公表している料金表(2026年7月1日改定・税抜)では、量産品クロスの張替えが1メートルあたり1,088円で、既存クロスのめくり代・残材処分代・下地処理代を含む金額として示されています。同じ会社の計算例では、一般的な6畳間の壁と天井で約37メートル、約4万256円です(出典:大家さんの内装屋 料金表および「クロスの平米計算」・税抜)。これは業者どうしの取引に近い水準で、大家さんが個別に頼む場合は2〜3割ほど上を見てください。
ただし、においが下地まで入っている部屋では、クロスを張り替えるだけでは戻りません。石膏ボードの交換や床下地の処理が必要になれば、上の単価とは別に乗ります。保険の確認は大家が火災保険の証券で確認する5つの欄|地震・水濡れ・賠償・家賃収入、保証会社の範囲は家賃保証会社は入れるべきか|費用と守られる範囲にまとめています。

まとめ|やること、やらないこと
- やること……日付つきの記録/ご親族への連絡/保証会社と火災保険の内容確認/相続人が誰かの確認/必要なら家庭裁判所の手続きを検討する
- やらないこと……室内の物を運び出す/処分する/鍵を交換する/相続人の承諾なく次の募集を始める
相続人が誰なのか分からない、放棄されたと言われた——このあたりまで来ると、手続きの選び方で結果が変わります。一般的には、相続や明渡しを扱っている弁護士に、早い段階で一度状況を見てもらうほうが短く済みます。先に部屋を片付けてしまうと、そこから戻せません。
そして、いま何も起きていない時期こそ、契約書と保険証券を見返すのに向いています。単身の高齢の方が住んでいる部屋があるなら、次の更新のときに何を足せるかを考えておくだけで、順番はずいぶん変わります。連絡が取れないときの動き方は連絡が取れない入居者への対応にまとめています。
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