「立ち退いてほしい」と思った大家が踏んではいけない4本の線|鍵を替えると刑は窃盗と同じ10年です

結論からお伝えすると、入居者に出ていってほしいと思ったときに大家ができるのは、借地借家法が決めた通知を、決められた時期に出すことだけです。鍵を替える、荷物を出す、ドアに紙を貼る、繰り返し訪ねる——この4つはいずれも刑法か軽犯罪法に条文があります。なかでも鍵の交換は刑法235条の2の不動産侵奪罪に当たり、法定刑は10年以下の拘禁刑。窃盗罪とまったく同じ重さです。

「自分の建物なのに」と感じるところが、この話のいちばんの落とし穴です。順に条文を開いていきます。

なぜ「自分の建物なのに」が通らないのか

建物の所有権は大家にあります。しかし賃貸借契約を結んだ時点で、その部屋を現実に支配している状態——占有——は入居者に移っています。刑法が守っているのは所有権だけではなく、この占有の状態そのものです。

だから、所有者が自分の建物に対してやったことでも、入居者の占有を力で破れば犯罪になります。裁判所の手続きを経ずに自分の力で権利を実現することを自力救済といい、日本の民事法はこれを原則として認めていません。条文が1本あるわけではなく、判例が積み上げてきた考え方です。

この考え方は、退去の場面に限りません。無断駐車のタイヤロックや共用廊下の私物にも同じ線が引かれています。それぞれアパートの駐車場に無断駐車があったとき共用廊下の私物を大家が勝手に片づけることはできませんに整理しました。

大家が退去を促すときにやると罪になる4つの行為。鍵の交換は刑法235条の2、留守中の立入りは130条、出ていけと迫るのは223条、玄関への貼り紙は軽犯罪法1条33号に当たることを並べた図

踏んではいけない4本の線

1.鍵を替える・荷物を運び出す

刑法235条の2は「他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の拘禁刑に処する」とだけ書いています。短い条文ですが、ここでいう「他人の不動産」には、自分が所有し、他人に占有させている部屋が入ります。

比べてみてください。窃盗罪(235条)も「十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金」です。侵奪罪には罰金の選択肢すらありません。財布を盗るより軽い話だと考えているなら、条文はそう書いていない、ということになります。

2.留守のあいだに部屋へ入る

刑法130条の住居侵入等は「正当な理由がないのに、人の住居……に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する」と定めます。

後半に注目してください。入った時点では正当でも、出てくれと言われて居座れば、そこから罪になります。修繕の立会いで入った部屋で退去の話を始め、帰ってくれと言われても話を続けた、という形がこれに当たります。

3.「出ていけ」と迫る

刑法223条の強要罪は「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の拘禁刑に処する」。

この条文は3項で未遂も罰すると書いています。相手が動かなくても成立しうるということです。「勤務先に連絡する」「保証人の家に行く」は、名誉に対する害の告知と読まれる余地があります。

4.ドアに紙を貼る・繰り返し訪ねる

ここは見落とされがちです。軽犯罪法1条33号は「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし……た者」を拘留又は科料としています。督促の紙を玄関ドアに貼る行為が、そのまま当てはまります。しかも室外に貼れば、隣の部屋の人にも滞納が分かります。

同じ1条の28号は「他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者」。訪問の回数と時間帯が積み上がると、こちらに寄っていきます。

では、大家に残っている手続きは何か

使えるのは3つだけです。いずれも借地借家法に条文があります。

  1. 更新をしない旨の通知(26条1項)。期間の満了の1年前から6か月前までの間に相手方へ出します。この期間を外すと、従前と同じ条件で更新したものとみなされ、しかも期間の定めがないものになります
  2. 解約の申入れ(27条1項)。期間の定めがない場合で、申入れの日から6か月を経過して終了します
  3. 債務不履行による解除(民法541条)。相当の期間を定めて催告し、その期間内に履行がないときに解除できます。ただし「その契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」は除かれます

1と2には共通の関門があります。借地借家法28条は、この通知も解約の申入れも「正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない」と定めています。しかも同条は、正当事由を判断する材料として、双方が建物の使用を必要とする事情、従前の経過、利用状況、建物の現況、そして明渡しの条件として申し出た財産上の給付——つまり立退料——を並べています。立退料は5番目の要素であり、単独で正当事由を作るものではありません。この点は賃貸の更新を大家が拒否できるのかで詳しく書きました。

通知を出しそびれたときに何が起きるかは、大家の契約は本当に「自動更新」なのかにまとめてあります。

大家が退去を促すときの手続きの比較。左は借地借家法26条1項の更新しない旨の通知と27条1項の解約申入れ。右は鍵の交換や貼り紙など法律に根拠のない行為を並べた図

特約で「滞納したら鍵を替える」と書いておけば使えるのか

使えません。借地借家法30条は「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする」と定めています。契約書に書いたかどうかではなく、条文が先に立ちます。

加えて、入居者が個人であれば消費者契約法が働きます。同法8条の2は、事業者の債務不履行により生じた消費者の解除権を放棄させる条項などを無効とし、10条は、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比べて消費者の権利を制限し、または義務を加重する条項であって、民法1条2項の基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものを無効としています。

特約がどこまで通るかという話そのものは、大家が賃貸借契約書で必ず読む3か所で扱っています。

滞納が理由のときに、順番を間違えないために

家賃が入ってこないと、どうしても部屋のほうに目が向きます。ただ、保証会社が付いているなら、立替えが行われても契約を解除できるのは大家だけです。ここを保証会社に任せたつもりでいると、時間だけが過ぎます。詳しくは保証会社が家賃を立て替えても、契約を解除できるのは大家だけですに書きました。

遅れに付けられる利息の上限も、契約書に何も書いていなければ年3%です(家賃の遅れに付けられる利息は、書いていなければ年3%です)。

なお、ここに書いたのは条文の読み方であって、個別の事案で正当事由が認められるかどうかの判断ではありません。実際に手続きへ進むときは、弁護士または司法書士に確認してください。市区町村の無料法律相談や、法テラスの窓口も使えます。

今日できること

契約書を開いて、契約期間の満了日を確かめてください。そして、その日から1年前と6か月前にあたる日をカレンダーに2つ書き込みます。借地借家法26条1項の通知を出せるのは、この2つの日にはさまれた期間だけです。窓が開いているあいだに何もしなければ、次の更新まで何もできません。条文を読むより先に、まずその2日を押さえるところからです。

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