家賃の値上げは、いきなり訴訟にできません|大家が読む調停前置と、更新に結びつけない伝え方

結論からお伝えすると、家賃の増額で話がまとまらなかったとき、大家がいきなり訴えを起こすことはできません。民事調停法24条の2が、借地借家法32条の増減請求の事件について「まず調停の申立てをしなければならない」と定めているからです。そして値上げは更新の時期とも結びついていません。更新のときにしか上げられない、という決まりは条文のどこにもありません。

更新のお知らせを作る段になって、管理会社から聞かれる

「来年2月が更新です。家賃、上げますか」。固定資産税の通知は去年より高くなっていて、外壁の見積りも取ったところ。同じ間取りの近所の募集が3,000円上で出ているのも見ています。

ここで多くの大家さんが、「更新のタイミングだから、今言うしかない」と考えます。逆です。更新に結びつけたほうが、話は重くなります。

家賃を上げたいと思ったときに確かめる6点。まず契約書を見る、理由を3つの引き金に当てはめる、更新と切り離す、日付が残る形で伝える、まとまらなければ調停、回収の年数を数える。

値上げの道は、条文の上で2本に分かれている

借地借家法を開くと、家賃を動かす場面が別々の条文に書かれています。

1本目|32条の増額請求(更新とは関係がない)

建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。(借地借家法32条1項)

「契約の条件にかかわらず」であって、「更新のときに限り」とは書かれていません。契約期間の途中でも請求できます。ただし、一定期間増額しない旨の特約があるときは、その定めに従います(同項ただし書)。引き金になる3つの事情と、増額しない特約の読み方は空室が2部屋あるとき大家はどちらを先に決めるか|先に下げた家賃は隣の部屋の物差しになりますに詳しく書きました。

2本目|「条件を変更しなければ更新をしない」という通知(26条1項)

建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。(借地借家法26条1項)

この後半が、いわゆる「条件変更の通知」です。ここで気をつけたいのは、更新拒絶の通知と同じ扱いになっていることです。

建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、(略)正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。(借地借家法28条)

28条が名指ししているのは「26条1項の通知」で、そこには条件変更の通知も含まれます。つまり「値上げに応じないなら更新しません」という形にした瞬間、正当事由の話に入ります。正当事由は立退料だけでは足りません(賃貸の更新を大家が拒否できるのか|正当事由は立退料だけでは足りない)。

32条の請求なら正当事由は要りません。同じ「値上げをしたい」でも、言い方ひとつで通る条文が変わります。

入居者が応じなかったら、どうなりますか

32条2項に、その後の扱いが書かれています。

建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。(借地借家法32条2項)

裁判で決まるまでのあいだ、入居者は自分が相当と考える額を払えば足ります。多くの場合、それは今までと同じ額です。請求した日から自動的に新しい家賃になるわけではありません。後から年1割の利息が付くとはいえ、時間の負担を先に引き受けるのは大家さんの側です。

値上げを伝えるときにどちらの条文で言うか。改定として伝えると借地借家法32条1項で、更新の時期と関係がなく正当事由も要らない。更新をしないと言うと26条1項の通知になり、1年前から6か月前までの期間と28条の正当事由が要る。

訴える前に、調停を通さなければならない

ここが今日いちばんお伝えしたいところです。

借地借家法(略)第三十二条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならない。
2 前項の事件について調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、受訴裁判所は、その事件を調停に付さなければならない。(民事調停法24条の2)

これが調停前置と呼ばれるものです。いきなり訴訟に持ち込む選択肢は、制度の上でありません。申し立て先は、原則としてその建物の所在地を管轄する簡易裁判所です(民事調停法24条)。

調停でまとまらないときに出てくるもの

調停は話し合いなので、まとまらないこともあります。そのときに条文が用意しているのは2つです。

  • 調停に代わる決定(民事調停法17条)=裁判所が職権で、当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で必要な決定をする。ただし告知を受けた日から2週間以内に異議の申立てがあると、決定は効力を失う(18条1項・4項)。異議がなければ裁判上の和解と同一の効力(18条5項)
  • 調停委員会が定める調停条項(民事調停法24条の3)=賃料増減の事件に限って用意されている仕組み。当事者双方が「調停条項に服する」と書面で合意している場合に、調停委員会が適当な調停条項を定められる。調書に記載されると調停成立とみなされる

24条の3は、申立ての後に書面で合意していることが条件です。賃料の増減は、話し合いで終わらせる設計が何重にも置かれていると読むのが正確です。

では、いつ、どう伝えるのがよいのか

順番を整理すると、こうなります。

  1. 理由を3つの引き金のどれかに当てはめる。固定資産税や保険料が上がったのか、近隣の相場と差が出たのか。統計の数字だけでは根拠になりにくい点は木造アパートの家賃は年0.2%しか上がっていない|修繕費は4.1%上がっていますに書きました
  2. 「更新しない」と結びつけずに、賃料の改定として伝える。結びつけると28条の正当事由の話になります
  3. いつからの分を、いくらにしたいのかを書面に残す。請求が届いた日が起点になります
  4. まとまらなければ調停。訴訟はそのあとです

更新の書類そのものにかかる手数料の話は更新事務手数料は誰が払うのか|大家が探すのは契約書ではなく契約前の説明書面ですに、更新料を取るかどうかは大家は更新料を取るべきか|国の標準契約書に「更新料」の欄はないにまとめています。更新の通知を出さなかった場合に何が起きるかは大家の契約は本当に「自動更新」なのか|法定更新すると期間の定めが消えますをご覧ください。

都合の悪いことも書いておきます

調停の申立てから解決までには、月単位の時間がかかります。そのあいだ入居者は従来の家賃を払い続けられます。月3,000円の値上げのために半年以上を使うことになれば、増える収入より手間のほうが大きくなります。

共益費は賃料とは別の考え方で、実費が動いたときに見直すものです(アパートの共益費は何に使うお金か|大家が上げられるのは実費が動いたときだけ)。賃料に手を付ける前に、そちらで説明が付く部分がないかを見たほうが早いことがあります。

そして、退去されたあとの空室期間と原状回復費を足すと、値上げ分の回収に何年もかかることがあります。上げると決める前に、その部屋がいま埋まっている価値を数字で出しておくことをおすすめします。借地借家法の全体像ははじめての大家さんが押さえる借地借家法の基本|更新・解約・家賃の3点に書きました。個別の事案で増額が認められるかどうかは、弁護士へご確認ください。

今日できること

手元の賃貸借契約書を1通開いて、「一定期間賃料を増額しない」という趣旨の特約が入っていないかを見てください。入っていれば、32条1項ただし書によりその定めが先に来ます。次に、直近1年の固定資産税の通知書と保険の更新案内を並べます。上がった金額が、そのまま値上げの理由になります。

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