入居者同士のもめごとに、大家が入る義務はあるのか|生活音を取り締まる法律は1本もありません
結論からお伝えすると、隣の部屋の生活音を直接取り締まる法律は、探しても出てきません。騒音を規制する法律はありますが、その入り口に「住戸から住戸への音」は入っていないからです。大家さんが持っているのは法律の力ではなく、契約の力です。そして損害賠償の当事者になるのは、大家さんではありません。この3つが分かると、入るべき場面と、入ってはいけない場面の線がはっきりします。

音を取り締まる法律の入り口に、隣の部屋は入っていません
騒音を規制している法律は騒音規制法です。その1条は、目的をこう書いています。
この法律は、工場及び事業場における事業活動並びに建設工事に伴つて発生する相当範囲にわたる騒音について必要な規制を行なうとともに、自動車騒音に係る許容限度を定めること等により、生活環境を保全し、国民の健康の保護に資することを目的とする。(騒音規制法1条)
2条で定義されているのも、工場や事業場に置く「特定施設」、建設工事の「特定建設作業」、そして「自動車騒音」の3つだけです。アパートの一室で子どもが走る音も、洗濯機を夜中に回す音も、この3つのどれにも当たりません。
建設作業の側だけは届出の仕組みがあり、工事の日程には法律の締切があります。そちらは 工事のお知らせは何日前に出すか に分けて書きました。この記事で扱うのは、工事ではなく入居者どうしの音です。
では「うるさい」を測る公的な数字は、ないのですか?
数字そのものはあります。環境基本法16条1項が、国に対して「人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」を定めるよう求めており、これを受けた告示が騒音の環境基準です。
- 専ら住居の用に供される地域(A)と、主として住居の用に供される地域(B)……昼間55デシベル以下/夜間45デシベル以下
- 昼間は午前6時から午後10時まで、夜間は午後10時から翌朝6時まで
- 2車線以上の道路に面するA地域は昼間60/夜間55デシベル以下と、別の枠が用意されている
(出典:環境省「騒音に係る環境基準について」平成10年9月30日環告64、最終改正 平成24年3月30日環告54)
ここで読み落としやすいのが、この数字の身分です。環境基準は行政が達成を目指す目標であって、個人に守らせる規制基準ではありません。地域の類型を当てはめるのも都道府県知事(市の区域内なら市長)であり、告示の第3では航空機騒音・鉄道騒音・建設作業騒音が適用除外と書かれています。
つまり「夜45デシベルを超えたから違法だ」という言い方は、条文の上では成り立ちません。実務で数字を測る意味は、違法性の証明ではなく、「うるさい」という主観を、双方が同じ土俵で話せる形に置き換えるところにあります。測り方と伝え方は 騒音の苦情が来たときの進め方 にまとめています。
大家さんが約束したのは、何だったのか
民法601条は、賃貸借を「当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し」と定義しています。部屋を貸すという約束の中身は、鍵を渡して終わりではなく、住める状態にしておくことです。
ただし、ここで音を出しているのは大家さんではなく、もう一方の入居者です。相手が自分の契約相手でもあるという点が、他人が出す音(工場や道路)との決定的な違いになります。だから大家さんは、被害を訴える側に対しては貸主として、音を出している側に対しても貸主として、二重に立つことになります。
音を出している側に言える根拠は、法律ではなく契約の側にあります
民法616条は594条1項を賃貸借に準用していて、借主は「契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い」使わなければならないと定めています。これが、大家さんが是正を求めるときの足場です。加えて契約書に「近隣の迷惑となる行為をしない」という条項があれば、そこも足場になります。
それでも、一度の注意で解除まで進めるものではありません。解除は信頼関係が壊れたと言える段まで積み上げてから、という形で扱われるのが一般的です。段の踏み方は 無断でペットを飼われていたら に、用法違反の側から書いています。
損害賠償の当事者に、大家さんは入っていません
民法709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者」が賠償責任を負うと書いています。主語は音を出した人です。被害を受けた入居者が請求する相手も、その人になります。
ここを取り違えて、大家さんが「うちが弁償します」と先に言ってしまうと、本来は当事者でない立場から支払いを始めることになります。仲立ちをすることと、当事者になることは別のことです。
なお、どちらが法律に届くかという線引きは、音以外でも同じ形で出てきます。ベランダの煙については アパートのベランダの喫煙に、受動喫煙の法律は届きません、共用廊下の私物については 共用廊下の私物を大家が勝手に片づけることはできません に、それぞれの条文で整理しています。
苦情を言ってきた人の名前を、相手に伝えてよいのか
伝えないほうが無難、という話ではありません。個人情報の扱いの問題です。入居者の氏名や部屋番号は個人データにあたり、本人の同意なく第三者へ渡すことは原則としてできません。大家さんも個人情報取扱事業者である点は 入居申込書と身分証のコピーはいつまで持てるのか に書いたとおりです。
実務上は、名指しをしない掲示から入り、それでも収まらないときに個別に伝える、という順番になります。個別に伝える段でも「◯号室の方から」と言う必要はなく、時間帯と音の種類だけで話は進みます。

都合の悪いことも書いておきます
- 測っても解決しないことがあります。環境基準を下回っていても、本人にとってはつらいという状態は普通に起きます
- 費用は大家さん側に出ます。騒音計の手配も、床の遮音材を入れる工事も、費用の出どころは賃貸経営の側です
- どちらかが出ていく結末になることがあります。被害を訴えていた側が先に退去することも、実際には起きます
- 建物そのものが原因のことがあります。木造の床の直張り、界壁の作り、給排水管の位置。これは入居者の行儀の話ではありません
個別の事案が受忍限度を超えるかどうかは、音の大きさ、時間帯、継続期間、地域性などを総合して裁判所が判断する事柄です。この記事は一般的な条文の整理ですので、賠償や解除の可否が絡む段階になったら弁護士にご確認ください。
今日、確かめられること
入居者どうしのもめごとの連絡が来たとき、最初に開くのは契約書です。用法遵守と迷惑行為に関する条項が何条にあるかを、今のうちに番号で控えておくと、連絡が来た日に条文を探す時間がなくなります。あわせて、自分の物件がある地域にどの類型(A・B・C)が当てはめられているかは、市の環境担当課の公表資料で確認できます。
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