隣の空き家の持ち主が分からないとき、役所が壊せる条件|大家が読む空家法22条10項の略式代執行

隣の空き家の屋根が、台風のたびに波打つようにめくれている。庭木は塀を越えて、うちの駐車場に枝を伸ばしている。役所に連絡して現地を見てもらったのに、数か月たっても動きがない。聞けば「所有者が分からない」のだという。賃貸アパートや貸家を持つ大家さんなら、一度は直面する場面です。

結論からお伝えすると、持ち主が分からなくても、市町村は「略式代執行」で空き家を壊せることがあります。ただし使えるのは「特定空家等」で、命令を出す手前まで進んだうえで、過失なく相手を確知できないときだけです。根拠は空家等対策の推進に関する特別措置法(空家法)22条10項です。ここでは条文と国土交通省のガイドラインを読み、役所が何を調べ、どう公告し、残った家財をどうするのかを整理します(条文は2026年10月16日時点のe-Gov法令検索で確認)。

略式代執行は、どんなときに使える仕組みか

22条10項は、空家法22条3項の命令を出そうとする場合に、過失がなくてその措置を命ぜられるべき者を確知することができないときは、市町村長がその者の負担で、自ら措置を行うか、命じた者や委任した者に行わせることができる、と定めています。かっこ書きがあり、命令の前の「助言・指導」や「勧告」を受けるべき者が確知できないために命令に進めない場合も含まれます。

国土交通省のガイドラインは、要件を次の2つにまとめています。

  1. 過失がなくて命令対象者を確知することができないこと
  2. その措置が、他人が代わってすることができる作為義務(代替的作為義務)であること

見落としやすいのは、略式代執行は「命令を出そうとする場合」が前提だという点です。ガイドラインは、命令対象者が分かっているのに、命令に至らない程度の措置だけを略式代執行で行うことは認められない、と明記しています。持ち主が分かっているのに、命令に至らない軽い措置だけを略式代執行で済ませる、といった使い方はできません。

略式代執行が使える5つの条件:特定空家等、命令の手前まで進む、持ち主が不明、代わりにできる措置、事前の公告

「所有者が分からない」と、役所はどこまで調べれば言えるのか?

「過失がなくて」とは、ガイドラインによれば、市町村長がその職務において通常求められる注意を尽くしたことです。「確知することができない」とは、氏名も所在も分からない場合と、氏名は分かっても所在が分からない場合をいいます。

どこまで追跡すれば足りるかの定めは、ありません。そのうえでガイドラインは、次のような調査を十分に行っても特定できなければ該当すると判断できる、としています。

  • 登記情報などの公開情報
  • 住民票(除票を含む)と戸籍(除籍・戸籍の附票を含む)の情報
  • 空家法10条に基づく固定資産課税情報(氏名など、税の事務のために持っている情報を、この法律の施行に必要な限度で使える)
  • 親族や関係する権利者への聞き取り

これ以外の調査は、人員・費用・時間を考え、建物が周りに及ぼす悪影響の程度と危険の切迫性も踏まえて、ケースごとに必要性を決めるとされています。つまり、危険が差し迫っているほど、役所が調べる範囲は絞られやすいという書き方です。

隣の大家さんが自分で調べられるのは、登記簿までです。登記事項証明書は、誰でも手数料を払って請求できます(不動産登記法119条1項)。ただし、課税情報や戸籍は、市町村が空家法の施行のために使える情報で、隣人が自由に取れる情報ではありません。登記簿の名義人が亡くなっていることは珍しくありませんが、それだけで役所が「確知できない」と判断するわけではなく、相続人の調査まで進みます。相続の場面は相続人がいない入居者が亡くなったとき|未払い家賃は清算人の公告期間内に申し出ないと、請求できなくなることがあります(民法958条)でも扱っています。

公告は、どう出されて、いつ届いたことになるのか

略式代執行をするには、あらかじめ公告が要ります。条文では、市町村長が定めた期限内に命令対象者が措置を行うべき旨と、期限までに行わなければ市町村長か措置実施者が措置を行い、その費用を徴収する旨を公告します。

公告の方法は、ガイドラインでは次のように説明されています。

  • 原則は、市町村の掲示板に掲示し、かつ掲示したことを官報に少なくとも1回載せる
  • 相当と認められるときは、官報の代わりに市町村の「広報」「公報」などに載せれば足りる
  • 最後に官報等に載せた日、または掲示を始めた日から2週間を経過した時に、相手方に届いたものとみなすと解される(民法98条などを参考にしたもの)

隣の大家さんの目に入るのは、市役所の掲示板か広報の紙面に出る「公告」です。ここに載ったあと、2週間が過ぎるまでは、解体の日付は動きません。逆にいえば、近所で工事の足場が組まれる前に、公告の期間という見える段階があるということです。

家の中に残された家財は、どうなるのか

解体で必ず問題になるのが、中の動産(家財・仏壇・現金など)です。ガイドラインは、動産を含めて全部を除却する略式代執行では、事前の公告に次の3点を明記することが望ましいとしています。

  1. 建物の内部や敷地にある動産は、履行期限か代執行の開始日までに運び出し、適切に処分すること
  2. 解体で出た動産は、関係法令に従って適切に処理すること
  3. 期限までに履行されなければ、代執行すること

そのうえで、価値のある動産や、社会通念上処分をためらう動産は、役所が保管し、期間を定めて取りに来るよう公示することが考えられる、とされています。保管の期間は、他の法令や裁判例を参考にして、法務部局と協議して決めます。現金と有価証券は、最寄りの法務局への供託が考えられます。保管期間が過ぎた動産を、民法497条に基づき裁判所の許可を得て競売にかけた代金も、現金と同じ扱いです。さらに、略式代執行のあとで、裁判所に財産管理人の選任を申し立て、その人に動産を処分してもらう方法も挙げられています。

入居者の残置物を大家が勝手に処分してはいけない、という考え方と、基本は同じです。持ち主不明でも「捨てていい」にはならず、役所が保管や供託の手順を踏みます。大家の側の話は入居者が亡くなったと連絡が来たら|大家が残置物に手をつけてはいけない理由にあります。

緊急代執行とは、何がちがうのか?

22条11項には、災害その他非常の場合に、命じるいとまがなければ命令抜きで措置できる、いわゆる緊急代執行があります。ガイドラインによれば、所有者が確知できない場合には緊急代執行は使えず、略式代執行を行う必要があるとされています。台風の直前で屋根が飛びそうな空き家でも、持ち主が不明なら、入口は略式代執行の公告からです。急ぐ事情は、調べる範囲を絞る理由にはなっても、公告を飛ばす理由にはなりません。

持ち主が分かるときは命令から行政代執行へ、確知できないときは事前の公告から略式代執行へ進む違いの比較

壊されたあとに残るもの:費用の請求と、土地

略式代執行の費用は、命令対象者の負担です。後から持ち主が分かったときの費用の徴収は、22条12項が行政代執行法5条・6条を準用しています。5条は、実際に要した費用の額と納期日を定め、文書で納付を命じること。6条は、国税滞納処分の例で徴収でき、国税・地方税に次ぐ順位の先取特権を持つことを定めています。

ここに、あまり知られていない注意があります。ガイドラインによると、5条・6条の準用は、2023年12月13日に施行された改正法の附則2条2項により、施行後に、改正後の22条10項に基づいて公告を行った場合にだけ適用されるとされています。改正の前に始まっていた手続きには、この取り立ての規定は及びません。

土地そのものは、条文を読む限り、役所のものにはなりません。22条は措置の方法と費用の徴収を定めていて、所有権を移す規定はありません。更地になれば、税の扱いも変わります。空室が続くと固定資産税は上がるのか|「6倍」が起きるのは空室ではないで、住宅用地の特例の考え方を扱っています。

隣の大家が、役所の動きを待たずにできること

空家法14条は、市町村長が裁判所に財産管理人などの選任や命令を請求できる、という定めです。隣の大家さん自身の道としては、民法264条の8が、所有者を知ることができない建物について、利害関係人の請求により、裁判所が所有者不明建物管理人による管理を命じる制度を定めています。この命令の効力は、建物にある動産で所有者のものにも及びます。隣の大家さんがこの利害関係人にあたるかは、個別の事情で判断されます。使えるかどうかは、裁判所か弁護士にご確認ください。

現実的には、先に役所へ状況を伝えておくのが早道です。次の3点を、日付つきで残しておきます。

  1. 危険な箇所の写真(屋根・外壁・庭木・ブロック塀など。撮った日付が分かる形で)
  2. 自分の物件への被害(入居者からの苦情、駐車場への落下物など)
  3. 役所に伝えた日と、担当課の名前

役所に調査を求める手続きは、役所から建物の報告を求められた大家が最初に確かめる3つ|12条5項の報告に所有者の罰金はありませんのとおり、権限の根拠が条文ごとに違います。近所の空き家の状況は、さいたま市の空き家は増えていない|大家が5万6,500戸の内訳から見る活用の順番も参考になります。

都合の悪いことも書いておきます

略式代執行は、いつでも使えるわけではありません。特定空家等と認められること、命令を出す手前まで手続きが進むこと、そして調査を尽くしても確知できないことが、そろって初めて入口に立てます。調査にかかる時間は、ガイドラインにも期限の定めがありません。公告から2週間、さらに動産の保管と引き取りの期間を考えると、近隣として待つ時間は長くなります。

特定空家等の判断や、どの段まで進んでいるかは、市町村ごとに運用が違います。法律や裁判の判断は弁護士に、税の判断は税理士にご確認ください。

今日やることを1つだけ選ぶなら

隣の空き家の登記事項証明書を取り、名義人の名前と住所、最後に動いた日付を見てください。名義人が亡くなっていないか、住所に今も住んでいるかが分かれば、役所への連絡の中身が具体的になります。「所有者が分からない」と伝えるより、「登記簿の名義人はこの人で、住所は空き家のままだった」と伝えるほうが、担当課は調査に着手しやすくなります。

(出典:空家等対策の推進に関する特別措置法22条・10条・14条、民法264条の8・497条、行政代執行法5条・6条、不動産登記法119条〈e-Gov法令検索・2026年10月16日時点〉、国土交通省・総務省「管理不全空家等及び特定空家等に対する措置に関する適切な実施を図るために必要な指針(ガイドライン)」第4章7(令和5年12月13日最終改正))

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