原状回復の費用は誰が払うのか|ガイドラインの考え方
結論からお伝えすると、原状回復の費用を誰が払うのかは、入居者が普通に住んでいて生じた傷みは貸主、入居者の不注意や通常を超える使い方で生じた傷みは借主、という線引きで整理するのが基本の考え方です。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が示しているのがこの整理で、2020年4月に施行された改正民法でも、通常の使用による損耗と経年変化は借主の原状回復義務に含まれない旨が条文に明記されました。
ただし、ここから先は物件ごとに答えが変わります。実際の負担区分は契約書の内容と使用状況で決まるため、以下はあくまで一般的な考え方の紹介として読んでください。判断に迷う事案は、ガイドライン本文と契約書を突き合わせたうえで、必要に応じて専門家に確認することをおすすめします。
先に、よくある失敗から
退去精算でこじれるとき、原因はだいたい同じところにあります。現場で繰り返し起きているのは次の4つです。
- 6年住んだ入居者に、クロス張替えの全額を請求してしまった
- 契約書に「退去時のクロス張替えは借主負担」と一行あるだけで、入居時に何の説明もしていなかった
- 入居時の室内写真が一枚もなく、もともとあった傷なのか判別できず、結局すべて貸主負担になった
- 敷金から差し引いた明細を出さず、金額の内訳を聞かれてから慌てて業者に見積書を作り直してもらった
いずれも、請求そのものが間違っていたというより、根拠を用意せずに金額だけを出したことが原因です。根拠さえ揃っていれば、入居者も納得しますし、揉めても短時間で終わります。
ガイドラインが示している負担の考え方
ガイドラインは、建物の価値が減った原因を「時間の経過や通常の使用によるもの」と「借主の故意・過失や善管注意義務違反によるもの」に分けています。前者は家賃の中に織り込まれているという整理です。代表的な例を並べると、輪郭がつかみやすくなります。
| 場面 | 貸主負担とされやすいもの | 借主負担とされやすいもの |
|---|---|---|
| 床 | 家具の設置による軽微なへこみ、日照による色あせ | 引っ越し作業でつけた深い傷、こぼした液体を放置した染み |
| 壁 | 画鋲やピンの穴(下地に影響しない範囲)、テレビ裏の電気焼け | 釘やネジの穴で下地補修が必要なもの、タバコのヤニと臭い |
| 水回り | 設備そのものの寿命による故障 | 清掃を怠ったことで生じたカビや水垢 |
| 清掃 | 次の入居者を迎えるための通常のハウスクリーニング | 通常の清掃を明らかに怠った状態での退去 |
タバコについては、ヤニの付着や臭いが通常の使用を超えると判断されれば借主負担になり得るとされています。ただしこれも一律ではなく、程度と契約内容によります。
経過年数をどう見るか
借主負担と整理された場合でも、全額を請求できるわけではありません。ガイドラインは、設備や内装の価値が年々下がっていく前提で、残っている価値の分だけを負担してもらう考え方を採っています。
| 部位・設備 | 耐用年数の目安 |
|---|---|
| 壁のクロス、クッションフロア、カーペット | 6年 |
| エアコン、冷蔵庫などの機器 | 6年 |
| 流し台 | 5年 |
| 便器・洗面台などの給排水衛生設備、金属製建具 | 15年 |
クロスは6年で残存価値がほぼゼロに近づく扱いです。3年で退去した入居者に借主負担分が生じたとしても、請求できるのは工事費のおよそ半分という計算になります。一方で、畳表や襖紙のような消耗品は経過年数を考慮しない扱い、フローリングの部分補修も経過年数を考慮しない扱い、といった例外もあります。
この仕組みを知ると「長く住まれると回収できない」と感じる方がいます。ただ、長く住んでもらったほうが、原状回復費まで含めた通算の収支はほぼ確実に良くなります。2年ごとに退去されれば、6年間で3回の原状回復と3回の空室期間が発生します。空室が1回2か月、広告料が家賃1か月分だとすれば、それだけで家賃9か月分が消えます。クロス代の負担割合を争うより、はるかに大きな金額です。
特約があれば、何でも借主負担にできるのか?
結論だけ言えば、書けば何でも通るわけではありません。ガイドラインでは、通常損耗を借主負担とする特約について、おおむね次の3点が揃っているかどうかで考える整理が示されています。
- その特約に必要性があり、内容が暴利的でないなどの合理性があること
- 借主が特約の内容を具体的に認識していること
- 借主がその義務を負うという意思表示をしていること
契約書の末尾に一行あるだけで、入居時に読み上げも説明もしていない、という状態は、この3点のうち2つが欠けている可能性があります。特約の効力がどこまで及ぶかは個別の事情で判断が分かれる領域ですので、金額が大きい案件や文言が曖昧な契約は、弁護士など専門家に条文そのものを見てもらうのが安全です。
揉めないために、貸す前にやっておくこと
やることは3つだけです。入居前に室内の状態を写真で残すこと。その写真を入居者と共有し、チェックシートに署名をもらうこと。特約があるなら、その場で口頭でも内容を伝えること。撮影に必要な時間はワンルームで20分ほどです。
なお、退去精算の見積もりがいつまでも出てこない、内訳を聞いても答えが返ってこないという場合は、原状回復の問題ではなく管理体制の問題であることがあります。切り分けの考え方は管理会社の対応が遅い。改善を求めるか、変えるかの判断基準にまとめています。
まとめ
通常損耗は貸主、通常を超える使い方は借主。そのうえで経過年数を引く。特約は書いただけでは足りない。この3段構えで考えれば、精算の場で説明できないことはほとんどなくなります。細かい線引きに迷ったときは、国土交通省のガイドライン本文にあたるのが確実です。
さいたま市周辺で、退去精算の考え方や管理の見直しについて相談先をお探しでしたら、ご連絡ください。まだ何も決めていない段階でもかまいません。
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