オーナーチェンジで売るときの注意点|入居者の承諾より先に必要なのは登記
入居者がいる状態のまま物件を売る。いわゆるオーナーチェンジです。売却を検討し始めると、まず気になるのが入居者への説明でしょう。「勝手に売って怒られないか」「同意書をもらう必要があるのか」「引っ越すと言われたらどうするのか」。売り出す前から止まってしまう方が少なくありません。
結論からお伝えすると、入居者の承諾も、同意書も、法律上は必要ありません。民法605条の2第1項は、賃貸借の対抗要件を備えた建物が譲渡されたとき、賃貸人たる地位はその譲受人に移転すると定めています。承諾を求める規定はどこにもありません。承諾が要るのは反対向きのケース、つまり入居者が賃借権を他人に譲る場合です(民法612条)。
ではオーナーチェンジで本当に効いてくるのは何か。所有権移転登記と、敷金です。

入居者の承諾ではなく、所有権移転登記が要る
民法605条の2は、続く第3項でこう定めています。
第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
つまり、買主が「私が新しい大家です、家賃はこちらへ」と入居者に言えるのは、所有権移転登記を済ませてからです。登記がないうちは、入居者が旧オーナーに家賃を払ってしまっても、買主は「二重に払え」とは言えません。
売る側から見ると、ここは負担ではなく安全装置です。決済と同時に登記を入れるのが原則で、登記が遅れると家賃の入り先があいまいになります。売買契約のときに、決済日・鍵の引渡し・登記申請・入居者への通知の4つが同じ日に並んでいるかを確認してください。
なお、建物の賃貸借は登記がなくても、建物の引渡しがあればその後に所有権を取得した人に効力を生じます(借地借家法31条)。だから入居者は追い出されません。入居者を守る仕組みと、家賃を受け取る資格の仕組みは別で、後者が605条の2第3項の登記です。
入居者に通知しなくていいのか
法律上、通知は要件になっていません。それでも実務では必ず出します。理由は3つあります。
- 振込先が変わるから。通知が届かないと、入居者は今までの口座に振り込みます。滞納ではないのに滞納の記録が立ちます
- 連絡先が変わるから。水漏れや鍵の紛失が起きたとき、入居者はどこに電話すればいいのか分かりません
- 不安を先に消すため。知らないうちに大家が変わっていたと後から知ると、次の更新で出ていく理由になります
通知には「賃貸借契約の内容は変わりません」を明記します。賃料も、契約期間も、特約も、そのまま引き継がれます。新しい大家が勝手に家賃を上げられるわけではありません。ここを1行入れておくだけで、問い合わせの本数が変わります。入居者への伝え方は管理会社を変えると入居者に迷惑がかかる?実際に起きることの考え方がそのまま使えます。
敷金は「引き継ぐかどうか」を選べない
売買の話し合いでよく出るのが「敷金は預り金だから、精算するかどうかは当事者の自由」という言い方です。これは違います。民法605条の2第4項は、賃貸人たる地位が移転したとき、敷金の返還に係る債務は譲受人が承継すると定めています。買主が引き受けるかどうかを選べる債務ではありません。
順番で書くとこうなります。
- 入居者が退去する
- 敷金を返す義務は、そのとき所有者である買主にある(605条の2第4項)
- 売主が敷金の現物を渡していなければ、買主が自腹で返すことになる
だから売買代金から敷金相当額を差し引く、あるいは別途で引き渡す精算が、慣行として必ず行われます。売る側は「敷金を返さなくてよくなった」ではなく「返す義務ごと相手に渡すのだから、預かっているお金も渡す」と理解しておくと話が早く進みます。
あわせて確認しておきたいのが、入居時に受け取ったものの内訳です。敷金・保証金・礼金・鍵交換代・消毒料が同じ表に混ざっていることがあります。返す約束のあるお金と、返さないお金を分けて一覧にしてください。ここが曖昧なまま引き渡すと、退去のときに買主と揉めます。
賃貸人の地位を自分に残したいときは、書き方が決まっている
建物は売るが、賃貸人としての立場は当面自分に残したい。そういう組み方も認められています。ただし条文が要求している形が決まっています。民法605条の2第2項は、次の2つを両方合意したときに限って、賃貸人たる地位が買主に移転しないとしています。
- 賃貸人たる地位を譲渡人(売主)に留保する旨
- その不動産を譲受人(買主)が譲渡人(売主)に賃貸する旨
後者が抜けている契約書を見かけます。「賃貸人の地位は売主に残す」とだけ書いても、条文の要件を満たしません。買主が売主に貸し、売主が入居者に転貸する形まで書いて、はじめて成立します。そして売主と買主の間の賃貸借が終われば、留保されていた地位は買主に移ります(同項後段)。ここは司法書士か弁護士に条文を示して確認してください。一般論としての説明にとどめます。
固定資産税の日割りは、法律上の義務ではない
もうひとつ、当たり前だと思われている慣行があります。固定資産税の日割り精算です。
地方税法359条は固定資産税の賦課期日を「当該年度の初日の属する年の1月1日」と定め、343条は固定資産の所有者に課するとしています。つまりその年の1月1日に登記簿上の所有者だった人が、その年度分の全額の納税義務者です。年の途中で売っても、市から納税通知が届くのは売主のままです。
買主から引渡日以降の分を受け取る精算は、売買契約で当事者が決める約束であって、税法上の義務ではありません。だから次の2点は契約書で確定させてください。
- 起算日を1月1日にするか、4月1日にするか。関東では1月1日起算が多く、地域によって違います。金額が変わります
- 都市計画税を含めるか。納税通知書は固定資産税と都市計画税が並んで届きます
固定資産税そのものの仕組みは固定資産税はいつ・いくら来るかにまとめています。

買主が必ず見る書類は、先に自分で見ておく
オーナーチェンジの交渉が止まるのは、たいてい書類が出てこないときです。買主は「今いくら入っているか」ではなく「この入居が続くか」を見ています。売り出す前に、次のものを自分で並べてみてください。
- 賃貸借契約書の原本一式。更新のたびに覚書が足されている場合、途中の1枚が欠けていることがあります
- 入居者ごとの入金の履歴。直近12か月分。遅れた月があるなら、隠さず出したほうが交渉は速く終わります
- 家賃保証会社の契約内容と、連帯保証人の有無。保証会社が付いている場合はオーナー変更の届出が必要かを保証会社に確認します。契約が切れると買主の前提が崩れます。個人が連帯保証人の場合は、極度額の定めがないと保証の効力の問題が出ます
- 敷金・保証金の預かり残高の一覧(上に書いた区分けをしたもの)
- 修繕の履歴。給湯器・エアコン・屋根・外壁・給排水。いつ、いくらで、どこを直したか
- 鍵の本数と、いま誰が何本持っているか
このリストは、管理会社を変えるときに失われやすい情報とほとんど同じです。引き継ぎで失われやすい情報|鍵・保証会社・入金口座もあわせてご覧ください。家賃保証会社まわりの前提は家賃保証会社は入れるべきか|費用と守られる範囲に整理しています。
都合の悪いことも書いておきます
オーナーチェンジには、売る側にとって不利になりやすい点があります。
- 買主は室内を見られません。入居中なので、内見なしで買うことになります。買主はその不確実性を価格で引きます
- 買い手が投資家に限られます。自分で住みたい人は買えないので、需要の層が狭くなります。空室で売ったほうが高く売れる場合があります
- 家賃が相場より高いと、逆に評価を下げられます。「今の家賃では次が決まらない」と読まれると、想定家賃を下げて利回りを計算されます
- 入居者が退去を申し出るタイミングは選べません。決済の直前に解約通知が届くことがあります。その場合の取り扱いを売買契約に書いておかないと、価格の話が振り出しに戻ります
そのうえで、賃貸を続けるか手放すかで迷っている段階であれば、もう続けられないと思ったときの選択肢|貸す・売る・任せるから先に読んだほうが順番として自然です。築年数の古い物件の判断は再建築不可の物件をどう扱うか|オーナーが貸す・売る・持ち続けるを決める順番も参考になります。
まとめ|オーナーチェンジで売るときの要点
- 入居者の承諾も同意書も要りません(民法605条の2第1項、605条の3)
- 要るのは所有権移転登記です。登記をしなければ、買主は入居者に対して大家だと主張できません(同条3項)
- 通知は法律上の要件ではないが、必ず出します。「契約内容は変わりません」の1行を入れてください
- 敷金の返還債務は買主が法律上当然に承継します(同条4項)。だから預かっているお金も渡します
- 賃貸人の地位を売主に残すには、買主が売主に賃貸する合意まで書く必要があります(同条2項)
- 固定資産税の納税義務者は1月1日の所有者。日割り精算は契約で決める約束で、起算日と都市計画税の扱いを書きます
- 契約書・入金履歴・保証会社・敷金残高・修繕履歴・鍵の本数を、売り出す前に自分で並べる
ここに書いたのは条文の一般的な読み方です。賃貸人の地位の留保、保証会社の承継、決済直前の解約の扱いは、契約書の文言ひとつで結論が変わります。実際に売買契約を結ぶ前に、司法書士・弁護士・税理士に個別の事情を伝えて確認してください。
投稿者プロフィール
最新の投稿
この記事の内容について、個別に相談したい方へ
さいたま市周辺で賃貸管理をお探しの方、いまの管理に迷いがある方のご相談をお受けしています。 まだ何も決めていない段階でもかまいません。






