相続した実家は貸すか売るか|先に貸すと3,000万円の控除が使えなくなる
結論からお伝えすると、相続した実家を「とりあえず貸してみて、決まらなければ売る」という順番は、税金の上では成り立ちません。一度でも人に貸した時点で、いわゆる空き家の3,000万円特別控除は使えなくなります。しかも、この扉は一度閉まると開きません。
逆向きは成り立ちます。売らずに貸すのは、あとからでもできます。片方だけが一方通行だという点が、この判断のいちばん大事なところです。
「貸してから売る」ができないのは、条文にそう書いてあるから
相続した実家を売るときに使える特例が、租税特別措置法35条3項です。国税庁は「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」と呼んでいます。譲渡所得から最高3,000万円を差し引ける、金額の大きい制度です。
この条文の要件のひとつが、次の一文です。
当該相続の時から当該譲渡の時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと(租税特別措置法35条3項1号イ)
「貸付けの用に供されていたことがない」。過去形です。いま貸していないかどうかではなく、相続してから一度でも貸したことがあるかどうかを見ます。半年だけ貸して、退去後に売った場合も、この要件から外れます。家屋を壊して土地だけを売る場合も、同じ要件が2号イ・ロに置かれています。
国税庁のタックスアンサー(No.3306)も、同じ言い回しで「相続の時から譲渡の時まで事業の用、貸付けの用または居住の用に供されていたことがないこと」と書いています。
「自分が住んでいた家の3,000万円控除」とは別の制度です
同じ35条でも、2項は自分が住んでいた家を売るときの控除です。相続した実家に自分が住んでいなかったのであれば、2項は使えません。「貸してから売っても、居住用の3,000万円控除があるはず」という理解は、ここで行き止まりになります。

どんな家なら使えるのか|条件を先に割る
金額の大きい制度なので、要件も細かく決まっています。相続した家がこの制度の対象かどうかは、次の順番で確かめると早いです。
家屋の条件(措置法35条5項)
- 昭和56年5月31日以前に建築されたこと
- 区分所有建物(分譲マンションなど)の登記がされていないこと
- 相続の開始の直前に、被相続人以外に住んでいた人がいなかったこと
3つ目が意外と外れます。親と同居していた家族がいた場合は、この制度の対象になりません。なお、老人ホームへの入所など、政令で定める事由で相続直前に住んでいなかった場合には、一定の要件のもとで対象になる道が用意されています(同項かっこ書き)。
売り方と金額の条件(同3項・4項)
- 売却代金が1億円以下であること
- 売った家屋が耐震基準に適合しているか、取り壊して土地として売ること
- 相続人が3人以上の場合、控除額は3,000万円ではなく2,000万円(令和6年1月1日以後の譲渡)
期限は2つあります
- 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
- 制度そのものの適用期間が、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの譲渡(措置法35条3項)
「相続から3年」ではなく「3年を経過する日が属する年の12月31日」です。たとえば2026年3月に相続が開始したなら、3年後は2029年3月、その年の12月31日が期限になります。ただし制度自体が令和9年(2027年)12月31日までなので、いまは制度の期限のほうが先に来るケースが多い点に注意してください。延長されるかどうかは、その時点の税制改正で決まります。
2024年から「売る前に自分で壊す」必要がなくなりました
以前は、耐震改修か取り壊しを売主が引き渡しまでに済ませておく必要がありました。ここが変わっています。
措置法35条3項3号により、譲渡の時から、譲渡の日の属する年の翌年2月15日までの間に、買主側で耐震基準に適合させるか、家屋の全部を取り壊す・除却するかしても、この特例の対象になります(令和6年1月1日以後の譲渡)。国税庁のタックスアンサーにも同じ期限が明記されています。
実務上の意味は小さくありません。解体費用を先に自分で出さなくても、買主と話をまとめられるということです。ただし翌年2月15日という期限があるので、引き渡しが年末に寄ると日程が苦しくなります。売買契約書に、買主が期限までに取り壊す旨と、それを確認できる書類(登記事項証明書や工事の請負契約書など)をもらう段取りまで書いておくのが安全です。

金額でどれくらい違うのか
取得費が分からない古い実家は珍しくありません。その場合、売った金額の5%を取得費とみなすことができます(国税庁 No.3258)。この前提で並べてみます。
売却代金2,000万円、取得費不明(概算取得費100万円)、譲渡費用100万円のケースで考えます。
- 譲渡所得=2,000万円 −100万円 −100万円 =1,800万円
- 空き家の特例が使える場合:1,800万円 −3,000万円 → 課税される所得は0円
- 一度貸してしまい特例が使えない場合:1,800万円 × 20.315% = 約365万円
税率20.315%は、譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年を超える場合の長期譲渡所得の税率です(所得税15%+復興特別所得税=所得税額の2.1%+住民税5%。国税庁 No.3208)。相続で取得した不動産は被相続人の所有期間を引き継ぐため、親が長く持っていた実家であれば通常は長期になります。
家賃が月6万円だとすると、年72万円。約365万円の差を家賃で埋めるには5年かかります。その間の固定資産税・修繕・管理の手間は別にかかります。「とりあえず貸す」の代金は、思っているより高い場合があります。
※ 上の計算は仕組みを見るための単純化です。実際の税額は取得費の資料の有無、譲渡費用の中身、他の所得との関係で変わります。必ず税務署か税理士に確認してください。
相続税を払った人は、もうひとつの制度と選ぶことになります
相続税を納めた人には、相続税額の一部を取得費に加算できる制度(措置法39条・取得費加算の特例)があります。ただし措置法35条3項のかっこ書きは「第三十九条の規定の適用を受けるものを除く」としており、両方は使えません。どちらが有利かは、納めた相続税額と譲渡所得の大きさで変わります。ここも税理士に試算してもらう場面です。
売らずに貸すと決めた場合に、先に見ておくこと
貸すほうを選ぶなら、控除が消えることを承知したうえで、貸せる状態にする費用を見ておく必要があります。逆に、取り壊して土地で売る道を残すなら、解体費用の目安は知っておいて損はありません。
木造住宅の解体費用は1坪あたり2〜5万円が目安とされています(出典:リショップナビ「実家の解体費用相場は?安く抑える方法や補助金についても解説」・2025年12月15日更新)。延床30坪なら60〜150万円という幅になります。同じ記事は、周辺の道路が狭くトラックや重機が入れない場合は工期が延びて費用が上がるとも書いています。旧耐震の家は道が狭い場所に建っていることが多いので、幅の上のほうを見ておくのが現実的です。
なお、さいたま市には昭和56年5月31日以前に着工した戸建て住宅を対象とした耐震補強等助成事業(建替え工事)があり、令和8年度は4月1日から受付が始まっています。助成額は建替え工事費の23%、上限30万円です(さいたま市「【令和8年度】耐震補強等助成事業(戸建住宅の建替え工事)」2026年4月3日更新)。解体だけを対象とした制度ではないので、使えるかどうかは市の建築総務課に直接確かめてください。
順番の決め方
整理すると、判断の順番はこうなります。
- 建築時期と相続直前の居住状況を確かめる。昭和56年5月31日以前、区分所有でない、被相続人以外に住人がいなかった。ここで外れるなら、この控除の話は終わりで、貸す・売るを普通に比べればよい
- 要件を満たすなら、期限を数える。相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日と、令和9年12月31日の、早いほう
- その期限までに売り切れる見込みがあるかを考える。売れそうにないなら、貸すほうに切り替える判断も当然ある
- 貸すと決めたら、控除は使わないと決めたということ。あとで気が変わっても戻れません
相続した家をどう回すかという実務の流れは、空き家になった実家を賃貸に出すまでの流れにまとめてあります。地域の空き家の実数と活用先の選び方はさいたま市の空き家は増えていないを、入居者がいる状態のまま売る場合の手順はオーナーチェンジで売るときの注意点をご覧ください。
税額そのものは物件ごとに違います。ここに書いた要件と期限だけを持って、税務署か税理士に相談してください。順番を決める前に一度確かめれば、あとから取り返せない選択を避けられます。
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