大家が賃貸借契約書で必ず読む3か所|特約は書けば通るわけではない
結論からお伝えすると、契約書に書いてあっても効かない特約があります。ただし「特約はどうせ無効になる」も間違いです。最高裁は、退去時の費用を先に決めておく特約を有効と認めた判決も出しています。
分かれ目は文言の巧拙ではなく、3つの条件を満たしているかどうかです。大家さんが管理会社から契約書のひな型を渡されたとき、読むべきはこの3つが成立している場所だけです。
まず、法律が決めている出発点
2020年4月に施行された民法621条は、こう定めています。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。…)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。(民法621条)
かっこの中が本体です。普通に住んで生じた傷みと、時間の経過で古くなった分は、借主の原状回復義務に入りません。クロスの日焼け、家具を置いた跡のへこみ、畳の色あせ。これらは何も書かなければ大家さん負担です。
敷金についても、民法622条の2が「いかなる名目によるかを問わず」賃料債務などを担保する目的で交付された金銭を敷金と定義しています。「保証金」「預り金」と呼び方を変えても扱いは同じです。
特約とは、この出発点を動かす取り決めのことです。動かすには理由が要ります。

特約が効くための3つの条件
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」は、【賃借人に特別の負担を課す特約の要件】として3つを挙げています。
- 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
そして最高裁は、1つ目についてこう述べています(最高裁判所第2小法廷判決 平成17年12月16日。ガイドラインが事例24として全文を引用しています)。
賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗及び経年変化の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要である
この事件では、契約書に原状回復条項があり、負担区分表も添付され、借主は「内容を理解している」と書いた書面まで出していました。それでも最高裁は特約は成立していないと判断し、原判決を破棄して差し戻しています。署名をもらっただけでは足りないという判決です。
「合理的理由」の例として、ガイドラインが挙げているのは何か
ここがいちばん厳しいところです。ガイドラインは1つ目の要件の例をこう書いています。
客観性や必要性については、例えば家賃を周辺相場に比較して明らかに安価に設定する代わりに、こうした義務を賃借人に課すような場合等が考えられるが、限定的なものと解すべきである。
つまり、相場どおりの家賃を取りながら、特約だけを足す形は想定されていないということです。「借主の負担を増やしたいなら、家賃で返しなさい」と読めます。ここを踏まえずに条項だけ増やしても、争いになったときに立ちません。
読むべき3か所
1. 原状回復の負担区分表
契約書の後ろに付いている表です。「通常損耗も借主負担」と一般的に書いてあるだけの表は効きません。最高裁がいう「範囲が条項自体に具体的に明記されている」を満たすには、どの部位の、どの状態を、いくらの単価で借主が負担するのかまで書く必要があります。
あわせて、ガイドラインが示す経過年数の考え方を確認してください。
- 壁のクロス:6年で残存価値1円となるような負担割合を算定する
- クッションフロア・カーペット:同じく6年で残存価値1円
- フローリング:部分補修は経過年数を考慮しない(全体の張替えは建物の耐用年数で算定)
- 畳・襖・柱:経過年数を考慮しない
- クロスは㎡単位が望ましいが、借主が毀損した箇所を含む一面分までは借主負担としてもやむを得ない
入居6年を超えた部屋のクロスを全額請求する内容の表は、この時点で通りません。
2. ハウスクリーニング特約
ガイドラインの区分表では、専門業者による全体のハウスクリーニングは貸主負担とされています(借主が通常の清掃を実施している場合)。「次の入居者確保のためのもの」だからです。
ただし、特約として有効と認められた裁判例もガイドラインに載っています。決め手は文言でした。「賃借人が建物を明け渡すときは、専門業者のハウスクリーニング代を負担する旨が一義的に明らか」と判断されたケースです。裏返せば、金額も範囲も曖昧な書き方は通りません。業者名か、金額か、少なくとも算定方法まで書く。これが分かれ目です。
3. 退去時の費用を定額で先に決める特約(敷引・定額補修分担金)
最高裁は平成23年3月24日、保証金から経過年数に応じて定額を差し引く特約を有効としました(最高裁判所第1小法廷判決。ガイドライン事例42)。理屈はこうです。
賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には、賃借人は賃料の額に加え、敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって、賃借人の負担については明確に合意されている
ただし歯止めも同時に示しています。
敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には…消費者契約法10条により無効となる
この事件の実数は、賃料9万6,000円に対し、経過年数に応じて18万〜34万円を控除するというものでした。最高裁は「賃料の2倍ないし3.5倍強にとどまっている」ことと、借主が更新料のほかに礼金など他の一時金を払っていないことを挙げて、高額に過ぎるとはいえないと判断しています。
この形式は関西で多く使われてきたもので、関東ではあまり見かけません。それでも考え方は使えます。金額をあらかじめ明示し、他の一時金と重ねない。あとから精算でもめるより、先に金額を見せるほうが通りやすい、というのが最高裁の示した道筋です。

大家さんにとって都合の悪いことも書いておきます
ガイドラインの負担区分表には、次のように書かれています。
- 鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)は貸主負担。理由は「入居者の入れ替わりによる物件管理上の問題であり、賃貸人の負担とすることが妥当」
- 設備機器の故障・使用不能(機器の寿命によるもの)も貸主負担
- 浴槽・風呂釜等の取替え(破損等はしていないが、次の入居者確保のために行うもの)も貸主負担
- エアコンの内部洗浄(喫煙等の臭いが付着していない場合)も貸主負担
鍵交換費用を借主に負担させる特約は広く使われていますが、ガイドラインの立場は貸主負担です。特約で動かすなら、上の3条件を満たす必要があります。鍵の負担をどう決めるかは築古アパートの鍵交換は誰が払うのかで詳しく扱っています。
なお、ガイドライン自体に法的な拘束力はありません。ただし裁判所が判断の物差しとして参照しており、実務上はここが基準になっています。「ガイドラインは目安にすぎない」という説明は、そのまま受け取らないほうがいいです。
契約書を受け取ったときの見方
- 負担区分表を開き、部位・状態・単価・経過年数がそろっているかを見る。「通常損耗は借主負担」とだけ書いてある表は、そこで判断が終わります
- ハウスクリーニング特約の金額または算定方法を確認する。空欄なら埋める
- 定額で先に取る形にするなら、金額を明示し、礼金など他の一時金と重ねない
- 家賃を相場どおりに設定するなら、特約を増やさない。増やすなら家賃で返す
- 鍵交換・設備の寿命・次の入居者のための工事は、貸主負担が原則だと理解したうえで収支を組む
費用の負担がどう分かれるかの全体像は原状回復の費用は誰が払うのか|ガイドラインの考え方に、クロスの見積書の読み方はクロスの張替え費用の目安と、見積書の見方にまとめてあります。更新料の条項については大家は更新料を取るべきかをご覧ください。
契約書の条項が有効かどうかは、最終的には個別の事情で判断されます。一般的にはここに書いた枠組みで動きますが、実際に条項を作る・変えるときは、弁護士か宅地建物取引業者に確認してください。作る前に3条件を当てておけば、退去のたびに同じ話をせずに済みます。
投稿者プロフィール
最新の投稿
この記事の内容について、個別に相談したい方へ
さいたま市周辺で賃貸管理をお探しの方、いまの管理に迷いがある方のご相談をお受けしています。 まだ何も決めていない段階でもかまいません。





