原状回復の見積りが「一式」で来たら|大家が内訳を請求できる根拠と、自分の義務

結論からお伝えすると、「内訳を出してください」は、お願いではなく請求です。 建設業法第20条第4項は「建設業者は、建設工事の注文者から請求があつたときは、請負契約が成立するまでに、当該材料費等記載見積書を交付しなければならない」と定めています。遠慮する場面ではありません。

ただし、同じ条文には大家さん側の義務も書かれています。ここを飛ばしたまま内訳だけ求めると、話が進みません。

「室内改装工事一式 250,000円」の1行だけ

退去の連絡が入り、業者に見積りを頼む。数日後に届いたPDFを開くと、明細欄が1行しかない——という見積書が実際にあります。金額は書いてある。工期も書いてある。けれども、その25万円が何にいくら使われるのかが分からない。

比べようがないので相見積もりを取る。ところが2社目も「一式」で返ってくる。金額だけが違う。どちらが安いのかは分かっても、どちらが何をやってくれるのかは分からないままです。

建設業法が定める見積りの5点。請求すれば交付は義務(20条4項)、種別ごとの材料費と労務費(20条1項)、具体的な提示は大家の義務(20条3項)、見積期間の下限は1日(施行令5条の9)、著しく下回る値下げは求めない(20条6項)。

法律が求めている見積書の中身

建設業法第20条第1項は、見積書に何を書くべきかを具体的に定めています。「工事内容に応じ、工事の種別ごとの材料費、労務費及び当該建設工事に従事する労働者による適正な施工を確保するために不可欠な経費(以下この条において『材料費等』という。)その他当該建設工事の施工のために必要な経費の内訳並びに工事の工程ごとの作業及びその準備に必要な日数を記載した建設工事の見積書」を作成するよう努めなければならない、という条文です。

ここで書かれているものを分解すると、こうなります。

  • 工事の種別ごとに分ける(クロス、床、清掃、建具……)
  • その種別ごとに材料費・労務費・その他の経費の内訳を出す
  • さらに工程ごとの作業と、準備に必要な日数まで書く

第1項は「努めなければならない」=努力義務です。ところが第4項は違います。 注文者から請求があったときは、契約が成立するまでに交付しなければならない。義務です。「出してもらえますか」ではなく「請求します」と言える根拠が、ここにあります。

実は、大家の側にも義務があります

ここが見落とされているところです。第20条第3項の主語は「建設工事の注文者は」——つまり大家さんの側です。

随意契約(相見積もりを取って1社と契約する通常の頼み方)の場合、契約を締結するまでに、第19条第1項各号(請負代金の額を除く)に掲げる事項についてできる限り具体的な内容を提示し、かつ、その提示から契約までの間に、業者が見積りをするために必要な期間として政令で定める期間を設けなければならない、と定められています。

第19条第1項各号には、工事内容、工事着手の時期と完成の時期、設計変更があった場合の取り扱い、検査の時期と方法、引渡しの時期などが並んでいます。「この部屋、退去したのでお願いします」だけでは、法が求める提示になっていません。 提示していない側が「一式」の見積りを受け取るのは、ある意味で当然です。

「明日までに見積りをください」は問題ありませんか?

見積期間は建設業法施行令第5条の9が決めています。

  • 工事1件の予定価格が500万円未満……1日以上
  • 500万円以上5,000万円未満……10日以上
  • 5,000万円以上……15日以上(やむを得ない事情があるときは、この2つは5日以内に限り短縮できます)

ワンルームの原状回復であれば、たいてい500万円未満です。1日以上——それが法の下限です。翌日回答を求めること自体は下限を割っていませんが、渡す材料がなければ、1日で返ってくるのは「一式」です。 部屋番号、間取り、退去立会いの写真、直したい箇所、着工可能日、明渡し希望日。この6つを先に渡すだけで、返ってくる見積書の粒度が変わります。

内訳は、どこまで割れるのか

「そこまで細かく出せるものなのか」という疑問が残ると思います。実際に単価表を公開している事業者があります。関東で賃貸の原状回復を手がける大家さんの内装屋の料金表(2026年7月1日改定・税抜)は、次のようになっています。

  • スタンダードクロスの張替え 1,088円/m(WEB申込。めくり代・残材処分代・下地処理代を含む)
  • ハイグレードクロスの張替え 1,548円/m
  • クッションフロア貼り 3,980円/㎡(既存の床へ上貼りできる場合。はがす場合は処分代・下地処理代が別途)
  • フロアタイル貼り 6,999円/㎡(同上)
  • 畳表替え 3,780円/畳、襖の張替え 2,800円/枚
  • ハウスクリーニング 1R・1K(25㎡まで)18,000円/1LDK・2DK(40㎡まで)29,000円

(出典:大家さんの内装屋「クロス張替えの料金表」owners-interior.com、2026年8月28日確認)

注意していただきたいのは、これは業者価格だということです。管理会社や大家さんが継続して発注する前提の単価で、個人が単発で頼む一般消費者価格は、おおむね2〜3割上になります。金額そのものを持ち出して値切る材料にはなりません。

ここで見ていただきたいのは水準ではなくです。クロスは種類数で単価が動きます(3種類以上で1,248円/m、7種類以上で1,388円/m)。床材は上貼りできるかどうかで別の単価になります。つまりこの工事は、「数量 × 単価 + 条件」で書けるということです。書ける工事を「一式」にする必然性は、あまりありません。

クロスの数量の数え方そのもの(開口部を控除しているか、天井と壁を分けているか)はクロスの張替え費用の目安と、見積書の見方で扱っています。床材をどちらにするかはクッションフロアかフロアタイルかをご覧ください。

内訳の使い方の比較。叩くために使うと、材料をもっと安く・人工を半分にという求めになり、20条6項が禁じ、発注者が勧告の対象になり得る。選ぶために使うと、どこにいくらかかるかを知り、やらない工事を項目ごと落とし、他社と形をそろえ、単価より数量の妥当性を見られる。

値切るときに、やってはいけないこと

内訳が出ると、次は金額の話になります。ここにも条文があります。

第20条第6項は、注文者が「その材料費等の額について当該建設工事を施工するために通常必要と認められる材料費等の額を著しく下回ることとなるような変更を求めてはならない」と定めています。「材料はもっと安いのがあるでしょう」「この人工、半分にして」は、この条文に触れる可能性があります。

第7項では、これに違反した発注者が、変更後の見積書に基づいて請負契約(施工に通常必要と認められる費用の額が政令で定める金額以上のものに限る)を締結した場合、その建設業者の許可をした国土交通大臣または都道府県知事が、発注者に対して必要な勧告をすることができるとされています。勧告の相手は業者ではなく発注者です。

あわせて第19条の3は「注文者は、自己の取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金の額とする請負契約を締結してはならない」と定めています。

内訳を求めるのは、金額を叩くためではなく、どこにいくらかかっているかを知って、やる工事とやらない工事を選ぶためです。削るなら項目ごと落とす。単価を叩くのとは別のことです。どこを削れてどこを削ってはいけないかは原状回復を安くする方法と、安くしてはいけない場所にまとめました。

都合の悪いことも書いておきます

  • すべての業者に第20条がかかるわけではありません。 建設業法第2条第3項の「建設業者」は、第3条第1項の許可を受けて建設業を営む者を指します。そして施行令第1条の2は、1件の請負代金が500万円未満(建築一式工事は1,500万円未満、または延べ面積150㎡未満の木造住宅)の軽微な建設工事だけを請け負う場合は許可が不要としています。原状回復の多くはこの範囲に入るため、許可を持たない事業者が合法に請け負っていることがあります。その場合、第20条第1項・第4項の名宛人からは外れます
  • 内訳を求めれば、その分だけ日数がかかります。 空室期間は家賃が止まっている時間です。1日でも短くする話は退去から募集開始まで何日かかるかで扱いました
  • 「一式」でも金額が妥当なことはあります。 長く付き合っていて、過去の実績で水準が分かっている相手なら、毎回内訳を求める意味は薄くなります
  • 資格が要る工事は、値段以前の問題です。 電気工事などは大家が自分で直してよい範囲はどこまでかをご覧ください

返し方の文例

角を立てずに、しかも根拠を示す形にすると、こうなります。

  1. 「工事の種別ごとに、材料費と労務費の内訳が分かる見積書をいただけますか」
  2. 「あわせて、工程ごとの日数も入れていただけると助かります」
  3. 「こちらから、直したい箇所の写真と、着工できる日、明渡しの希望日をお送りします」

3つ目を必ず添えてください。第20条第3項が求めているのは、まさにそれです。

まとめ

「一式」の見積りに内訳を求めるのは、建設業法第20条第4項が予定している当たり前のやり取りです。ただし同条第3項は、工事内容をできる限り具体的に提示し、見積期間(500万円未満なら1日以上)を設けることを注文者に求めています。渡す材料がなければ、返ってくるのは一式のままです。

そして内訳が出たあと、材料費や労務費を著しく下回らせるような値下げを求めることは、第20条第6項が禁じています。内訳は叩くための材料ではなく、選ぶための材料です。

※この記事は2026年8月28日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文に基づく一般的な整理です。個別の契約や工事が法令のどの規定にあたるかの判断は、弁護士や都道府県の建設業担当窓口にご確認ください。

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