アパートのベランダの喫煙に、受動喫煙の法律は届きません|大家が使えるのは契約と民法の2つだけです

「下の階の人がベランダでたばこを吸う。洗濯物に臭いがつくので、やめさせてほしい」。管理会社からそう転送されてきたメールに、「法律で禁止されていますとお伝えしますか」と一行が添えてありました。

結論からお伝えすると、その一行は出せません。受動喫煙を防ぐための法律は、健康増進法という法律の第6章にまとまっています。そしてその第2節には、「人の居住の用に供する場所については、この節の規定は適用しない」という条文が入っています(健康増進法40条1項1号)。アパートの部屋も、その部屋に付いたベランダも、条文が名指しで外している場所です。

大家さんが使えるのは、法律ではなく契約と、民法709条の2つだけになります。ここを取り違えたまま「法律違反です」と書いた紙を貼ると、根拠を聞かれたときに答えられなくなります。

健康増進法で受動喫煙の決めごとを担う第2節と、住戸・ベランダが40条1項1号で丸ごと適用除外になることを6項目で示した図解

受動喫煙の条文は、2つの節に分かれています

健康増進法の第6章「受動喫煙防止」は、次の2つの節でできています。e-Gov法令検索で章立てをそのまま開くと、区切りがはっきり見えます。

  • 第1節 総則(25条〜28条)……国と自治体の責務(25条)、関係者の協力(26条)、喫煙をする際の配慮義務(27条)、用語の定義(28条)
  • 第2節 受動喫煙を防止するための措置(29条〜42条)……喫煙禁止場所の指定(29条)、管理権原者の責務(30条)、喫煙専用室(33条)、立入検査(38条)、適用除外(40条)

実際に「ここでは吸ってはいけない」と決めているのは第2節です。そして適用除外の40条も、第2節の中にあります。40条1項の書き出しは「次に掲げる場所については、この節の規定は、適用しない」です。「この法律は」でも「この章は」でもなく、「この節は」と書かれています。

外されているのは、どこまでですか?

40条1項が挙げているのは3つです。

  1. 人の居住の用に供する場所(1号。次号に掲げる場所を除く)
  2. 旅館業法の旅館業の施設の客室の場所(2号。簡易宿所営業と下宿営業の客室のうち個室でないものを除く)
  3. その他これらに準ずる場所として政令で定めるもの(3号)

3号の政令は健康増進法施行令6条です。中身は「旅客運送事業鉄道等車両又は旅客運送事業船舶の客室(宿泊の用に供する個室に限る)の場所」と「宿泊施設の客室(個室に限る)の場所」の2つだけで、住宅に関わる場所は1つも足されていません。寝台列車の個室と、ホテルの個室。つまり「人がその中で寝起きする、閉じた個室」が並んでいるだけです。住戸が外れている理由も、そこにそろっています。

さらに40条2項に、こう続きます。「特定施設等の場所に前項各号に掲げる場所に該当する場所がある場合においては、当該特定施設等の場所(当該同項各号に掲げる場所に該当する場所に限る。)については、この節の規定は、適用しない」。1階が店舗で2階以上が住戸、というアパートを想像してください。建物としては人が多く出入りしていても、住戸の部分だけは切り出されて外れます。

「加熱式だから煙は出ていない」は、通りますか?

法律の側では、そもそもこの議論に入る前に外れています。ただし契約の話をするときに使うので、定義は押さえておく価値があります。

28条2号は、喫煙を「人が吸入するため、たばこを燃焼させ、又は加熱することにより煙(蒸気を含む)を発生させること」と定義しています。かっこ書きで蒸気が入っているので、加熱式たばこも、この法律の中では喫煙です。「火を使っていないから喫煙ではない」という言い分は、条文の言葉としては成り立ちません。

賃貸借契約書に「喫煙を禁止する」とだけ書いてある物件で、加熱式は別だと主張されたときに、この定義が話の土台になります。

罰則の形も、思われているものと違います

29条2項は、喫煙禁止場所で吸っている人に対して、都道府県知事が喫煙の中止か退出を命じることができると決めています。その命令に従わなかったときが、77条1号の「30万円以下の過料」です。

過料は行政上の秩序罰で、刑罰である罰金とは別のものです。前科にもなりません。しかも命令が出たあとの話なので、吸った瞬間に何かが起きるわけではありません。この形は、共用廊下に置かれた私物のときと同じです(→ 共用廊下の私物を大家が勝手に片づけることはできません)。

そして繰り返しになりますが、住戸とベランダは29条の届く範囲の外にあります。命令も過料も、最初から来ません。

さいたま市の路上喫煙禁止区域では2千円の過料があるのに対し、アパートの敷地と部屋は私有地として原則対象外であることを左右で比べた図解

さいたま市の条例にも、同じ線が引かれています

さいたま市には「さいたま市路上喫煙及び空き缶等のポイ捨ての防止に関する条例」があります。市内12駅(大宮・浦和・南浦和・北浦和・武蔵浦和・東大宮・宮原・さいたま新都心・北与野・与野・浦和美園・岩槻)の周辺を路上喫煙禁止区域に指定し、区域内では指導・勧告・命令に従わない場合に2,000円の過料を徴収する、という仕組みです。

その市のページに、はっきりこう書いてあります。「私有地は区域内であっても原則条例の対象外となります」。ただし市が設置した「路上喫煙禁止区域」「路上禁煙」などの標示がある私道や公開空地は対象に入ります。

大宮駅から徒歩5分のアパートでも、敷地の中と部屋の中は、市の条例からも外れているということです。国の法律と市の条例で、同じ線の引き方をしています。

では、法律で止められないなら何が残るのですか?

残るのは次の2つです。どちらも、大家さんと入居者の間の話として組み立てます。

  • 契約(用法遵守義務)……民法616条が594条1項を賃貸借に準用しています。借主は「契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い」使わなければならない、という決まりです。契約書に禁煙やベランダでの喫煙禁止を書いてあれば、その定めが用法になります
  • 民法709条(不法行為)……「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」。ここは大家さんではなく、臭いを受けている入居者と、吸っている入居者の間の話です。大家さんが代わりに請求する筋道ではありません

注意しておきたいのは、契約違反があっても「だから出ていってください」には直結しないことです。民法616条が準用しているのは594条1項だけで、用法違反による解除を定めた594条3項は準用されていません。この点はペットの記事で条文を追っているので、解除まで考える段階になったらそちらを読んでください(→ 無断でペットを飼われていたら|大家が「すぐ解除」の前に踏む4つの段)。

都合の悪いことも書いておきます

  • 契約書に喫煙の定めがなければ、用法として主張できるものがありません。そして入居中に大家さんの側から一方的に禁煙特約を足すことはできません。特約は契約の一部なので、変えるには相手の合意が要ります(→ 大家が賃貸借契約書で必ず読む3か所
  • 掲示だけでは、多くの場合止まりません。ベランダは自分の専有部分の延長だと思っている人が多く、「共用部だから」という説明が響きにくい場所です
  • 臭いは記録が残りません。音は録れますが、臭いは同じようにいきません。日時と風向きと洗濯物の状態を、苦情を受けた側に書いてもらう形が現実的です。進め方は騒音のときと同じ組み立てになります(→ 騒音の苦情が来たときの進め方
  • 退去時の原状回復は、この話とは別枠です。ヤニの付着は国のガイドラインで扱いが決まっており、苦情の対応とは切り離して考えます(→ 原状回復の費用は誰が払うのかエアコンクリーニングは退去のたびに必要か

大家さんが今日できること

  1. 手元の契約書を開いて、喫煙について何か書いてある行があるかを探してください。禁止事項の欄か、特約の欄です。1行もなければ、いま使える材料は契約書にありません
  2. 次の募集から入れるかどうかを決めてください。入居中の部屋には足せませんが、次の契約からは入れられます
  3. 苦情を受けた側に、日時・風向き・どの窓から入ったかを3回分書いてもらってください。1回の申し出では、相手に伝える材料になりません

さいたま市は、路上喫煙とポイ捨ての啓発看板とステッカーを無償で配布しています。配布場所は市役所本庁舎7階の資源循環政策課と、各区のくらし応援室です。敷地内の通路での喫煙に困っているときは、こちらを先に試す手もあります。

出典

  • 健康増進法(平成14年法律第103号)25条・26条・27条・28条・29条・30条・38条・40条・77条。e-Gov法令検索(2026年9月14日時点の現行条文で確認)
  • 健康増進法施行令(平成14年政令第361号)。e-Gov法令検索(同日確認)
  • 民法(明治29年法律第89号)594条・616条・709条。e-Gov法令検索(同日確認)
  • さいたま市「さいたま市路上喫煙及び空き缶等のポイ捨ての防止に関する条例」(2026年9月14日閲覧)

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