工事の前払いは法律上の原則ではありません|大家が見る民法633条と、500万円で切れる建設業法21条

見積書と一緒に、こう言われることがあります。「着手金として、半分いただいてから始めます」。金額は38万円の工事で19万円。理由を聞くと「材料の仕入れがあるので」と返ってきます。その場で断る理由が思いつかず、振込先だけメモして電話を切る——ここまでは、よくある場面です。

結論からお伝えすると、工事代金は法律上「あとで払う」のが原則です。前払いは特約であって、当たり前ではありません。そして、前払いを約束した注文者には、条文で1つだけ武器が用意されています。ただしその武器は、500万円以上の工事にしか効きません。

前払いを求められたときに紙へ書く4項目を並べた図。金額と時期、そのときに終わること、途中でやめたときの戻し方、500万円の線

まず、民法はどう決めているか

民法633条(報酬の支払時期)の本文は1行です。

報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。

請負契約は「仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する」契約です(民法632条)。結果に対して払う、と書いてあるので、結果が出る前に払う義務は条文からは出てきません。

つまり、前払いは相手の都合に合わせた特約です。特約そのものは有効ですし、実際に材料を先に仕入れる工事では合理的でもあります。ただし「そういう決まりだから」ではない、というところは押さえておいてください。

前払いを約束したら、注文者には請求できる権利があります

建設業法21条(契約の保証)1項です。

建設工事の請負契約において請負代金の全部又は一部の前金払をする定がなされたときは、注文者は、建設業者に対して前金払をする前に、保証人を立てることを請求することができる。

保証人は2種類と決まっています(同条2項)。

  1. 建設業者の債務不履行の場合の遅延利息、違約金その他の損害金の支払の保証人
  2. 建設業者に代わって自らその工事を完成することを保証する他の建設業者

そして3項が効きます。「建設業者が…保証人を立てることを請求された場合において、これを立てないときは、注文者は、契約の定にかかわらず、前金払をしないことができる」。契約書に「着手時に5割」と書いてあっても、保証人が立たなければ払わなくてよい、という条文です。

質問:原状回復の工事でも、この条文は使えますか?

ほとんどの場合、使えません。21条1項にはただし書きがあり、「政令で定める軽微な工事」は対象外とされています。その政令が建設業法施行令6条の3です。

法第二十一条第一項ただし書の政令で定める軽微な工事は、工事一件の請負代金の額が五百万円に満たない工事とする。

1室の原状回復で500万円を超えることは、まずありません。つまり大家さんが日常的に発注する工事では、保証人を請求する条文は働きません。都合の悪い話ですが、ここを知らずに「法律で守られているはず」と構えると、実際には何も起きません。

一方で、外壁塗装や1棟まるごとのリフォームは500万円を超えることがあります。そのときは21条が生きます。金額の線が500万円にある、ということだけ覚えておいてください。

工事代金を先に渡す場合とあとで渡す場合を左右で比べた図。先払いは特約で建設業法、あと払いは民法633条の原則

では、500万円未満の工事で何ができるか

使えるのは建設業法19条1項です。請負契約の当事者は、次の事項を書面に記載し、署名または記名押印をして相互に交付しなければならないと定められています。前払いに関係するのは3つです。

  • 5号 請負代金の全部又は一部の前金払又は出来形部分に対する支払の定めをするときは、その支払の時期及び方法
  • 11号 注文者が工事の全部又は一部の完成を確認するための検査の時期及び方法並びに引渡しの時期
  • 12号 工事完成後における請負代金の支払の時期及び方法

「着手金5割」だけを口で言われて、5号の書面がない状態はよくあります。ここで大家さんが出す言葉は、値切りでも疑いでもありません。「前払いの時期と方法を、見積書と一緒に1行書いてください」です。19条は業者だけの義務ではなく、契約の当事者双方にかかる条文なので、頼みにくい話ではありません。

途中で止まったときに、払った分はどうなるか

民法634条が受け皿です。「注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき」または「請負が仕事の完成前に解除されたとき」に、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなし、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる、という条文です。

読み替えると、できていない部分の報酬は発生しません。前払いがそれを超えていれば、超えた分は戻す話になります。だからこそ5号の「支払の時期」を、着手・材料搬入・中間・完了のどこに当たるのかまで書いておくと、あとで割合を出せます。

なお注文者の側は、民法641条により「請負人が仕事を完成しない間は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる」とされています。やめる自由はありますが、損害の賠償とセットです。

今日できること

次に見積書を受け取ったら、金額の欄ではなく支払いの欄を先に見てください。「着手金」「中間金」という言葉があるのに、それがどの時点を指すのかが書かれていないなら、そこだけ1行足してもらう。19条1項5号がそのまま根拠になります。

見積書の中身そのものを崩す手順は原状回復の見積りが「一式」で来たらに、工事中に金額が動く場面は工事中に「ここも一緒に」と言われたらにまとめています。工期が延びたときに開く行は原状回復の工事が遅れると連絡が来たらです。近隣への告知の締切は工事のお知らせは何日前に出すかに分けました。

出典

  • 民法632条、633条、634条、641条(e-Gov 法令検索・2026年9月20日時点)
  • 建設業法19条1項、21条1項・2項・3項(同上)
  • 建設業法施行令6条の3(保証人を必要としない軽微な工事)(同上)

個別の契約の効力や、支払った金銭の返還の可否については、契約書の文言によって結論が変わります。争いになりそうなときは弁護士にご確認ください。

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