車いすの入居者から手すりを頼まれたら|付けることは義務ではなく、断り方が義務です
結論からお伝えすると、車いすの入居者から「玄関に手すりを付けてほしい」と言われたとき、手すりを付けること自体は法律上の義務ではありません。義務になっているのは、その申し出を受けて話し合い、できない場合は客観的な理由を説明することです。根拠は障害者差別解消法の5条と8条2項で、この2つは努力義務と法的義務に分かれています。
まず、自分が対象に入っているかどうかから確かめます。多くの大家さんは「法律が言う事業者は不動産会社や管理会社のことで、自分は関係ない」と考えています。ここが違います。
個人で1棟持っている大家も「事業者」に入ります
障害者差別解消法8条2項は「事業者」に合理的配慮の提供を義務づけています。この「事業者」が誰を指すのかは、国土交通省の対応指針(令和5年11月改正・令和6年4月施行)が書いています。
対応指針は、法が対象とする事業者を「商業その他の事業を行う者」であり、「目的の営利・非営利、個人・法人の別を問わず、同種の行為を反復継続する意思をもって行う者」と説明しています。そして「したがって、例えば、個人事業者や対価を得ない無報酬の事業を行う者、非営利事業を行う特定非営利活動法人も対象となる」と続けます。
さらに同じ指針の不動産業関係の節には、こう書かれています。
なお、住宅の賃貸を事業として営む場合であっても、障害があることや客観的に見て正当性のない安全上の懸念を理由に入居を拒否することは不当な差別的取扱いと考えられる他、不当な差別的取扱い及び合理的配慮の事例は上記の宅地建物取引業、不動産管理業と同様に考えられる。
管理会社を通していても、大家さん本人が法律の対象から外れるわけではありません。法人でなくても、宅建業の免許がなくても、部屋を人に貸し続けている限り入ります。
いつから義務になったのですか?
2024年4月1日です。それまで事業者の合理的配慮は努力義務でしたが、令和3年法律第56号による改正が2024年4月1日に施行され、8条2項が「しなければならない」という書き方になりました。行政機関等を対象にした7条2項は、はじめから義務です。

5条と8条2項は、別のことを言っています
ここが記事の本題です。同じ法律の中に、似て見えて性質の違う2つの条文があります。
5条は「社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮に関する環境の整備」という見出しで、事業者に対し「自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない」と定めています。語尾が「努めなければならない」=努力義務です。
8条2項は、障害者から「現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは」、必要かつ合理的な配慮を「しなければならない」と定めています。こちらが法的義務です。
対応指針は、この2つの関係をはっきり書き分けています。環境の整備は「不特定多数の障害者を主な対象として行われる事前的改善措置(施設や設備のバリアフリー化…)」であり、合理的配慮は「環境の整備を基礎として、その実施に伴う負担が過重でない場合に、特定の障害者に対して、個別の状況に応じて講じられる措置」です。
手すりの設置は、施設や設備のバリアフリー化そのものです。つまり5条の環境の整備の側に整理されます。だから「付けること」は努力義務であって、付けなければ違反という話にはなりません。
では、義務のほうは何をすることになるのですか
対応指針が不動産管理業の合理的配慮の提供の事例として挙げているものを、実際に並べてみます。
- 意思の表明に応じて、ゆっくり話す、手書き文字、筆談、分かりやすい表現への置き換え、タブレット等の活用など、相手に合わせた方法で会話する
- 文章を読み上げる、書類の作成時に書きやすいように手を添える
- 自筆が困難な場合、本人の意思確認をしたうえで代筆する
- 契約内容の簡易な要約メモを作る、費用の詳細を分かりやすく提示する
- 重要事項説明や契約条件の書類をテキストデータで提供する、ルビを振る、記入欄を広く設ける
並んでいるのは、説明のしかた・書類のかたち・話し方だけです。設備を改造する例は1件も挙がっていません。実務では「合理的配慮が義務化された=設備を直さなければならなくなった」と受け取られていることが多いのですが、指針を読むかぎりそうではありません。
そのうえで、8条2項の義務として大家さん側に残るのは次の形です。申し出を聞き、どうすれば目的が達せられるかを一緒に考え、負担が重すぎて応じられないなら、その理由を説明する。指針はこれを「建設的対話」と呼んでいます。
「過重な負担」は、主観では通りません
断ってよい場合の判断材料は、対応指針が5つ挙げています。
- 事務・事業への影響の程度(目的・内容・機能を損なうか)
- 実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)
- 費用・負担の程度
- 事務・事業規模
- 財政・財務状況
ここで押さえておきたいのは、指針が「過重な負担」について、「主観的な判断に委ねられるのではなく、その主張が客観的な事実によって裏付けられ、第三者の立場から見ても納得を得られるような『客観性』が必要」と明記している点です。さらに「拡大解釈や具体的な検討もなく合理的配慮の提供を行わないといったことは適切ではない」とも書かれています。
「お金がかかるので無理です」の一言では、この客観性を満たしません。逆に言えば、見積りを1社取って金額を出し、自分の物件の規模と収支を並べて説明できれば、それは客観的な事実です。断るために必要なのは強い言い方ではなく、紙に書ける数字です。
4の「事業規模」と5の「財政・財務状況」が判断要素に入っているのも見落とされがちです。1棟8戸の大家さんと、数千戸を持つ会社で、同じ結論になるとは書かれていません。
バリアフリー法の側では、共同住宅は努力義務です
設備の側から見ると、もう1本の法律があります。高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)です。
同法施行令4条9号は、共同住宅、寄宿舎又は下宿を「特定建築物」に挙げています。特定建築物については、法16条1項が建築物移動等円滑化基準に適合させるため必要な措置を「講ずるよう努めなければならない」と定めています。努力義務です。16条2項では、建築物特定施設の修繕や模様替をしようとするときも同じ努力義務がかかります。
一方で、法14条1項は「特別特定建築物」について、政令で定める規模以上の建築のときは基準に適合させなければならないと定めています。こちらは適合義務です。そして施行令5条の特別特定建築物の一覧に、共同住宅は入っていません(病院・劇場・百貨店・ホテル・老人ホーム・飲食店などが並びます)。
つまり、アパートのバリアフリー化は、差別解消法でも努力義務、バリアフリー法でも努力義務です。「やらなくてよい」という意味ではありませんが、「法律で決まっているからやらなければならない」という説明も正確ではありません。
入居者が自分の費用で付けたいと言ってきたとき
この形のほうが実際には多いかもしれません。そのときに効くのは差別解消法ではなく民法です。
民法608条2項は、賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は「賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない」と定めています。ただし書きで、裁判所が賃貸人の請求により相当の期限を許与できることも書かれています。
手すりが有益費に当たるかは、物件の価値が客観的に増したかで判断されるため一律には決まりません。だから「付けてもよいか」を口頭で答えるのではなく、退去時にどう扱うかを先に書面にしておくのが実務の分かれ目です。書き方は2つです。
- 残していく:原状回復の対象から外し、費用償還も行わないことを合意しておく
- 撤去して戻す:退去時に入居者の負担で撤去し、壁の下地補修の範囲まで決めておく
どちらでも構いませんが、決めずに進めると、退去のときに608条2項の話として出てきます。そして退去のときは、双方とも記憶が食い違っています。
都合の悪いことも書いておきます
手すりは「付けるだけ」で終わらない場合があります。木造の壁で下地の位置に間柱がないと、下地補強から必要になります。玄関の上がり框に付ける縦手すりと、廊下の横手すりでは、高さの決め方も違います。金額の幅が出るのは、手すり本体ではなく下地側です。相見積もりを取るときは、下地補強を含むかどうかを先に揃えて出してください。
また、共用部(廊下・階段)に付ける場合は、建築基準法の避難の規定で有効幅が足りるかを見る必要があります。この判断は大家さんが自分で決めるものではありません。建築士か特定行政庁に確認してください。個別の判定を記事で断定することはできません。

今日できること
- 申し出があったら、その日のうちに「聞いた内容」をメモに残す(日付・誰から・何を求められたか)
- すぐに答えを出さず、目的(段差の上り下りか、浴室での立ち座りか)を確認する。目的が分かると、手すり以外の代替案が出ることがあります
- 見積りを1社取り、下地補強を含む金額と含まない金額を分けて出してもらう
- 断る場合も応じる場合も、理由と結論を1枚の書面にして渡す。応じる場合は退去時の扱いを同じ紙に書く
やってはいけないのは、返事をしないまま時間を置くことです。指針が義務としているのは結果ではなく、この対話のほうです。
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出典
- 障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律5条、7条、8条(e-Gov法令検索・2026年9月23日時点。現行版は2026年7月17日施行。事業者の合理的配慮を義務とした令和3年法律第56号による改正の施行日は2024年4月1日)
- 国土交通省「国土交通省所管事業における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針」(令和5年11月)
- 高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律14条1項、16条1項・2項、同施行令4条9号、5条(e-Gov法令検索・2026年9月23日時点)
- 民法608条2項(同)
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