契約書に書いていないことは、民法がすでに決めています|大家が読む任意規定と、書いても効かない特約

相続で引き継いだアパートの契約書を8部そろえて並べてみると、A4で2枚のものと、6枚のものが混ざっていました。2枚のほうには、エアコンが壊れたときに誰が直すのかも、家賃を何日までに払うのかも書かれていません。管理会社に聞くと「昔のものなので」と言われました。

結論からお伝えすると、契約書に書いていないことは「決まっていない」のではありません。民法がすでに決めています。契約書は、その民法の内容を変えたいときにだけ効く紙です。そして民法の規定には、書けば変えられるものと、書いても変えられないものの2種類があります。

賃貸借契約書に書かないときに働く民法の規定を5点で示した図

まず、民法91条が「契約書が先」と言っています

民法91条は「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う」と定めています。この「公の秩序に関しない規定」が、いわゆる任意規定です。

裏返すと、当事者が何も表示していなければ、その任意規定がそのまま契約の内容になります。契約書の空白は、白紙ではありません。民法の条文が埋まっている状態です。

書いていないと、こうなります(賃貸でよく効く5つ)

建物の賃貸借で、契約書に書かれていないときに働く条文を並べます。

1.家賃は「後払い」が原則です

民法614条は「賃料は、動産、建物及び宅地については毎月末に(中略)支払わなければならない」と定めています。民法の原則は後払いです。

いま世の中の契約書のほとんどが「前月末日までに翌月分を支払う」と書いているのは、614条を特約で変えているからです。前払いが常識なのではなく、前払いにする合意をしている、というのが正確なところです。書き忘れた契約書では、後払いに戻ります。入金日そのものの話は 家賃はいつ大家の口座に入るのか にまとめています。

2.修繕は大家がする。ただし入居者のせいなら別

民法606条1項は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない」と定めています。ただし書きは2020年4月の改正で入ったもので、条文の上ではっきりしました。

同条2項は「賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない」です。立入りの条項が契約書になくても、保存に必要な行為については拒めないということになります。

3.入居者が立て替えた必要費は、直ちに返す

民法608条1項は、賃借人が必要費を支出したときは「直ちにその償還を請求することができる」と定めています。退去のときにまとめて精算、ではありません。2項の有益費のほうは、賃貸借の終了の時です。

4.期間を書かないと、解約の予告は3か月

民法617条1項2号は、期間の定めのない建物の賃貸借について、解約の申入れの日から3か月を経過することで終了する、としています。

ただし大家の側からはそう動きません。借地借家法27条1項が「建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から6月を経過することによって終了する」と上書きし、さらに28条で正当の事由まで要求しているためです。入居者からは3か月、大家からは6か月+正当事由。同じ「期間の定めがない」状態でも、左右で長さが違います。

5.敷金は、明け渡してから返す

民法622条の2第1項1号は、敷金を返すのは「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」と書いています。鍵を返してもらうのが先で、返金はその後です。同時に交換する義務はありません。敷金を誰が預かっているのかという話は 敷金は誰が預かっているのか にあります。

特約で変えられる規定と、書いても無効になる規定を左右で比べた図

書いても変えられないものがあります

ここが91条の限界です。91条が動くのは「公の秩序に関しない規定」だけで、強行規定は特約で変えられません。

建物の賃貸借では、借地借家法30条が「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする」と定めています。「この節」には、更新(26条)、解約の申入れ(27条)、更新拒絶の正当事由(28条)が入ります。

したがって、次のような条項は、書いてあっても効きません。

  • 「更新は認めない」「期間満了で当然に終了する」(定期借家の手続きを踏んでいない場合)
  • 「大家からの解約は1か月前の通知で足りる」
  • 「正当事由がなくても更新を拒絶できる」

一方で、賃借人に有利な特約は有効です。30条が無効にするのは「賃借人に不利なもの」だけだからです。法定更新との関係は 大家の契約は本当に「自動更新」なのか、借地借家法全体の骨格は はじめての大家さんが押さえる借地借家法の基本 をご覧ください。

原状回復は、どちらに入りますか?

よく聞かれるところです。民法621条は、賃借人が原状に復する義務を負う範囲を、かっこ書きで「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く」と定めています。借地借家法30条の対象ではないので、条文の形としては任意規定です。

ただし、通常損耗を入居者負担にする特約が争われた場合、消費者契約法10条などの別の物差しが当てられます。「任意規定だから何でも書ける」ではありません。負担区分の考え方は 原状回復の費用は誰が払うのか、特約が通る条件は 大家が賃貸借契約書で必ず読む3か所 に書きました。

契約書にも民法にも書いていないときは

3段目があります。民法92条です。

法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。

慣習が自動的に勝つわけではなく、当事者がその慣習によるつもりだったと認められるときに限られます。「この地域ではそうしている」と大家が言うだけでは足りません。

さらに、法の適用に関する通則法3条は「公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する」と定めています。民法に条文がある事項について、慣習が法律と同じ効力を持つことはありません。

都合の悪いことも書いておきます。ここまでの整理は条文の形を示したもので、実際の争いは個別の事情で判断されます。特約の有効性は法律判断になりますので、金額の大きい条項や、過去にもめた条項については弁護士か、宅地建物取引士のいる窓口で確認してください。

今日、手を動かすなら

  1. 手元の契約書で「支払期日」の行があるかを見る。無ければ、その部屋は後払いの契約です
  2. 期間の定めがあるかを見る。無ければ、大家からの解約は6か月前+正当事由です
  3. 「大家からの解約は◯か月前」と短く書いてある契約書があれば、その行は効いていないと考えて動く

2枚しかない古い契約書は、不備の紙ではありません。民法がそのまま入っている契約書です。何が入っているかを知ったうえで、次の更新のときに変えたい行だけを足せば足ります。

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