工事中に入居者がけがをしても、大家は原則として責任を負いません|民法716条と、3つの例外

外階段の塗装をしている最中に、2階の入居者が階段を下りようとして足を滑らせた。養生のビニールが一部めくれていて、そこが濡れていた。翌日、入居者から「病院代はどちらに言えばいいんですか」と電話が入る。工事を頼んだのは大家で、実際に塗っていたのは元請から来た職人でした。

結論からお伝えすると、工事中の事故について、大家(注文者)は原則として賠償の責任を負いません。民法716条が本文でそう書いています。ただし、例外が3つあります。注文や指図に過失があったとき、建物そのものに原因があるとき、そして工期の切り方に問題があったときです。

工事中に入居者がけがをしたとき大家が動く5つの順番を示した図

民法716条は、たった1文です

注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない。ただし、注文又は指図についてその注文者に過失があったときは、この限りでない。

(出典:e-Gov法令検索・民法716条/2026年9月21日時点)

なぜ負わないのか。請負は「仕事の完成」を任せる契約で、大家は職人を指揮監督する立場にないからです。比べると分かりやすいのが民法715条の使用者責任で、こちらは「ある事業のために他人を使用する者」が被用者の加えた損害を賠償する、と定めています。雇っていれば負い、請け負わせていれば負わない。この線が716条です。

だから、入居者から連絡が来たときに大家がまずやることは、自分で判断することではありません。元請業者に事実を伝え、業者の窓口につなぐことです。

例外1.「こうやって」と言った分だけ、責任が戻ってきます

716条のただし書きは「注文又は指図についてその注文者に過失があったとき」です。ここでいう指図は、工事のやり方そのものへの口出しを指します。

現場でありがちなのは、この3つです。

  • 「足場は組まなくていいから、はしごでやって」と大家が言った
  • 「入居者の出入りがあるから、階段は片側だけ養生して」と大家が決めた
  • 「日曜に入居者の内見があるので、土曜中に終わらせて」と大家が指定した

いずれも安全のやり方を大家が決めている点が共通しています。費用や日程の希望を伝えるのと、施工方法を指定するのは別のことです。方法は業者に決めさせ、大家は条件を伝えるにとどめる。これが716条の本文の中にとどまる線です。

事故の原因が工事にある場合と建物にある場合を左右で比べた図

例外2.建物のほうに原因があるときは、別の条文で来ます

ここを取り違えている方が多いところです。原因が工事ではなく建物そのものにあった場合、716条の話になりません。民法717条1項が動きます。

土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。

先ほどの外階段の例でいえば、滑ったのが養生のせいなら工事の側、手すりが以前から緩んでいたのなら建物の側です。後者になると、所有者である大家に回ってきます。しかも717条1項ただし書きに、所有者が注意を尽くしていたという免責は書かれていません。この点は 火災保険だけでは大家の賠償は埋まらない に詳しく書きました。

つまり、工事中の事故は「工事が原因か、建物が原因か」で行き先が変わります。現場の写真を残しておく意味は、ここにあります。

足場は、誰の工作物になりますか?

足場や仮囲いは業者が持ち込んで組んだものです。占有しているのも業者です。建物本体とは別に考えます。ただし「別に考える」と言えるのは、どこまでが業者の設備で、どこからが建物かがはっきりしている場合です。判断が割れる場面なので、ここは断定を避けます。事故が起きた時点の状態を、足場と建物が両方写る角度で撮っておいてください。

例外3.工期を短く切ることは、名指しで禁止されています

意外と知られていないのが、この2つです。

労働安全衛生法3条3項は、こう定めています。

建設工事の注文者その他の仕事を他人に請け負わせる者は、施工方法、作業方法、工期、納期等について、安全で衛生的な作業の遂行を損なうおそれのある条件を付さないように配慮しなければならない。

そして建設業法19条の5第1項は、さらに踏み込んでいます。

注文者は、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる期間に比して著しく短い期間を工期とする請負契約を締結してはならない。

この条文の相手は建設業者ではなく注文者、つまり大家です。違反した場合、建設業法19条の6第2項により、その業者の許可をした国土交通大臣または都道府県知事が発注者に対して勧告でき、同条3項で勧告に従わないときは公表できると定められています。

対象になる契約の大きさは、建設業法施行令5条の8で請負代金500万円以上(建築一式工事は1,500万円以上)と決まっています。外壁と屋根をまとめてやるような工事は、この線を超えます。

「繁忙期に間に合わせたいから2週間で」と言いたくなる場面はあります。ただ、その一言は事故が起きたあとに716条のただし書きの側で読まれます。工期は業者に出させ、短くしたいなら理由を聞いて調整する。この順番にしておくほうが安全です。工事の代金の条件については 工事の前払いは法律上の原則ではありません をご覧ください。

保険は、大家のものと業者のもので別々です

都合の悪いことも書いておきます。大家がかけている火災保険の施設賠償責任の特約は、工事業者の過失による事故を当然にはカバーしません。逆に、業者の請負業者賠償責任保険は、建物の瑕疵が原因の事故をカバーしません。

そして、どちらの保険に入っているかは契約ごとに違います。見積りを受け取る段階で「工事期間中の第三者への賠償はどの保険で対応するか」を1行だけ聞いておくと、事故のあとの話が早くなります。保険証券のどこを見るかは 大家が火災保険の証券で確認する5つの欄 に整理しています。

なお、賠償責任の有無は個別の事情で判断されるもので、ここに書いた条文は入口にすぎません。実際に事故が起きた場合は、保険会社と、必要に応じて弁護士にご確認ください。

連絡が来たときの順番

  1. けがの状況を聞き、受診をすすめる。過失の話はこの段階でしない
  2. その場の写真を撮る(養生の状態、足場、建物側の手すりや床が入る角度で)
  3. 元請業者に連絡し、業者の窓口を入居者に伝える
  4. 原因が工事か建物かで行き先が変わるので、大家側の保険会社にも同時に一報を入れる
  5. 入居者全体への案内が要る場合は、掲示で出す(工事のお知らせは何日前に出すか/アパートの掲示板に法律上の設置義務はありません)

今日できることを1つだけ選ぶなら、次に出す工事の依頼文から「なるべく早く」「この方法で」の2つの表現を抜いてください。期限は業者に出させ、方法は業者に決めさせる。716条の本文に残るのは、その形です。

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